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たとえば朝ベッドから降りるとき、靴を履くときの左右の足の感覚の違いを感じるとき。それはずいぶんと懐かしくそして慣れきった感情を無意識にオレに抱かせる。親父が創った義足も悪くはなかったが、やはり機会鎧の方がしっくりくる。さすがに『あいつ』が作っただけのことはある。機能性はばっちりだ。足の指まで自由に動かせるという欣幸。それを確かに感じつつオレは左足を靴にねじ込む。
たとえば街に出ていたとき。ともすれば小さな声で。ともすれば何かを訴えるように。路地裏で小さな女の子が泣いているのが見えた。この国では当たり前の、当然ともいえる色彩を持った女の子。その子はオレが見たときからぽろぽろぽろぽろと涙を流していた。雫の源は蒼い瞳。顔をくしゃっと歪めて耐えるように、その女の子は泣いていたのだった。それはある種の既視感。『あいつ』も昔はそういう風に泣いていた。その子に手を伸ばそうとして右腕を動かして、カシャリという金属音にオレははっと正気に戻った。何してんだオレは。漏れる嘲笑。女の子は周りにいる子供たちに慰められている。それを確認して踵を返してオレはその場から立ち去った。手を伸ばして何になる?あの女の子と『あいつ』は違うのだから。『あいつ』はここに、いないのだから。ちらりと後ろを振り返る。女の子はまだ泣いている。そういえば『あいつ』もなかなか泣き止まなくて、オレは一度も『あいつ』を完全に慰めれたことはないんだということを不意に思い出した。伸ばせなかった右手。それは今までもこれからも。そうしてそれを握り締めてオレはもう一度嗤った。
たとえば夜独りで部屋にいるとき。機械鎧の手入れをしながらオレはふと考える。思えば2年も会っていなかったのによくもここまでオレの身体に合った機械鎧を『あいつ』は作ったものだとと。その考えに対する答えは、きっとおそらくオレの頭の中にある。「当然でしょ?」と笑う『あいつ』の顔。それは不変に当たり前の永延で、オレは自然と苦笑を浮かべる。手入れは順調。機械鎧の欠損はなし。その出来は『あいつ』に見せてやりたいぐらいだ。この機械鎧の状態を見せたら『あいつ』は感心するだろうかそれともそれが当たり前だと怒るだろうか。考えて思い返してみて思いを巡らせてみて、けれどオレはその考えを放棄した。莫迦らしい阿呆らしい。もし『あいつ』に見せれたら、なんてそれはオレが潰してしまった可能性だ。そもそももしというのが愚かしい。手入れは最終段階。最後の仕上げとしてオレは機械鎧を磨き上げる。綺麗に、優しく。磨かれた機械鎧は光源の光を反射して、思わずオレは目を瞑った。
たとえば、そう、たとえばの話。オレが何をしても『あいつ』を思い出せなくなったとき。そのときは、そのときは本当にくるのだろうか。目蓋に映るるは『あいつ』。胸の内に潜みたるは『あいつ』。無意識にしなやかに緩やかに、記憶は『あいつ』を呼び起こす。日々は純然たる規則を持って進みゆく。過去は過去という遺物になりて風化の道を辿り行く。けれどオレは彼の人を忘れることも手放すことも出来なくて。嗚呼、嗚呼。人はこれを滑稽だと哂うのか。
(ないておこってわらうかんばせ。そのおもかげだけをみつめることがゆるされたのははたしてばつなのかすくいなのか。それでもきおくはわらってみせておれはむじょうなるせかいへとおちてゆく)
僕は忘れることも手放
てくな来出もとこす
(何だかお題/squeezed orange)
「すべてがあなたへかえっていく」と対になっております。
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