物質と宇宙



 色とりどりに輝く星々が漆黒の空を泳いでいる。地上を照らす淡い光。その一般的にロマンチックとされる夜空を見上げて。ここから星までの距離とか、その構成物質とか。そんなことを考えている自分は、やはり科学者以外の何者でもないと実感する。
 手足をダラリと投げ出して、エドワードは屋根の上に横たわっていた。じわりと背中に伝わる冷たさ。しばらくそれを感じながら星空を仰いでいると、近くでカツカツと梯子を上る音が聞こえてきた。
「な〜にやってんのよ、アンタは」
 呆れた声を出しながら、金髪の少女がひょこっと姿を現わした。なので一旦、視線を彼女の方に向ける。
「べっつに〜。お前こそ何やってんだよ」
「アンタがお腹出して寝てないか心配で見にきたのよ」
 心配と言いつつも楽しげにそう言うウィンリィに、出すかよッとツッコみを入れて、エドワードは視線を戻した。星の位置はさっきと全く変わっていない。
「アンタね〜。普段文献とか読み漁って寝不足なんだろうから、こっちに帰ってきた時ぐらい少しは休みなさいよね」
「自分の体調管理くらいしっかりやってるって」
「どーだか」
 言いながらウィンリィは梯子を上りきり、すっくと屋根の上に立った。そしてそのままつかつかと歩いて、エドワードの隣にストンと座る。途端、甘い匂いが鼻を掠めた。
 しばらくの沈黙。
 二人が二人とも何も言わないまま、数十分が過ぎていった。けれどやはり、星の位置は変わらない。代わりに雲が流れていく。
 このまま更に時が進んでいくのかと思いきや、小さくウィンリィが呟いた。
「明日……」
「あ!?」
「………明日、発つんでしょ?」
 何処からとも何処へとも問いはしない。だって彼らの行き先はいつでも不明確だから。
「だったら、いい加減寝なさいよね」
「お前もな」
「あたしは別にいいのよ」
 アンタ達みたいに旅するわけじゃないし。
 笑いながらそう言って、ウィンリィは目を瞑る。肌を掠める夜風が心地いい。
「丹精込めて造った機械鎧なんだから、またぶっ壊したりしないでよね」
「わーってるよ」
「手入れもちゃんとすること」
「へいへい」
「大体、毎日手入れするかどうかで耐久性とかにすっごい差が出るんだから」
「あーもー、耳タコだって」
 言いながらエドワードは耳を塞ぐ。それを横目で睨みつつも、ウィンリィは言葉を続ける。
「いい加減、ご飯も食べないで文献読み漁るなんてこと、やめなさいよ!?」
「大丈夫、大丈夫」
「アルに迷惑かけるのもよ」
「…………誰も迷惑なんかかけてねぇっつーの」
「あと、」
「って、おい。まだあんのかよ!?」
 反射的にエドワードは起き上がる。
「……………あんまり危ないこと、しないで」
「……………おう」
 俯きながら紡がれた言葉。それから視線をそらせてヒラヒラと、了承の意味で手を振った。
「ねぇ、エド」
 ひゅう、と冷たい風が流れる。名前を呼ばれた方を向けば、水色の、真摯な瞳とぶつかった。
「アンタがどう思ってるかは知らない」
 闇が深まり、光が強まる。本格的な、夜が訪れる。 「確かにアンタの帰る家はもう無いわ。でも、帰る居場所はあるんだから……」


「だから……」



「ちゃんと、そのことは覚えておきなさいよ」



 きりりと見つめる少女の瞳は、翳りも曇りも一点もなく、ただひたすらに自分の姿を映しだす。その中の自分がひどく間抜けな顔をしていて、エドワードは思わず苦笑した。
 ――――――ああ、いつだって
 ぼんやりとした月の光が雲で隠れる。けれど、だからといって星々の明るさは変わらない。
 間近で煌めく淡い淡い水色の彗星。その瞳に吸い寄せられるかのように、エドワードは彼女の唇に自分のそれを重ねた。
 触れるだけのキスはただただ甘く優しく。離してもまだ驚きで固まったままのウィンリィの髪をくしゃりと掻いて、エドワードは梯子のほうへ歩きだす。
「いい加減、お前も寝ろよ」
 途中、くるりと少女の方を振り返る。そして不敵に笑ったままに、梯子をひょいっと飛び降りる。きっと彼女は真っ赤になって追い掛けてくるだろう。確信めいたその思いにくつりと笑みを零して、エドワードはまた夜空を見上げる。


 ああ、いつだって
 星は巡り、雲は流れる。
 ああ、けど、いつまでも
 帰る場所は変わらない。
 ―――――君のもとへ。

 それだけは、

 変わることのない確かな真実なのだから。