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じりじりと蝋燭の芯が燃ゆる音がする。窓を締め切った所為で夏草の薫りはもうしない。代わりに夏特有の、むわりとした空気が部屋を包み込む。
「エド、ほんとにやるの?」
「あぁ」
心配そうに聞いてくるウィンリィにエドはぶっきらぼうにそう答える。そしてごそごそと小さな棚を漁って、中から小箱を取り出した。
木造のそれは、両手ですっぽりと覆える程の小ささだった。
それを持ったまま、エドは元いた場所に戻る。ウィンリィの正面。尚も不安そうに見てくるライトブルーの瞳とかち合って、エドは苦笑した。
「ンな顔、すんなって」
にかりと笑って安心するように仕向けるが、そんなことを言っても無駄なことはよくわかっている。
ウィンリィは誰よりも優しくて、誰よりもエドのことを思ってくれているのだ。彼はエドが傷つくことを例えどんなことであろうと嫌う。だから今から行うことも、彼にしてみればありえないことなのだろう。
しかし、エドの決意は変わらない。
エドは小箱を開ける。そしてその中から、1本の針を取り出した。
「ウィンリィが………やってくんねぇ?」
そう言って、針を彼の目の前に差し出す。ウィンリィは瞠目した。驚愕と拒絶の色がその瞳に映し出されていた。
けれどエドはその視線を受けとめても更に、真っすぐウィンリィを見つめた。揺るぎない金の視線が、ウィンリィを貫く。
それはエドの昔からの、ウィンリィに物を頼むときの癖であった。そしてこうするときは必ずといっていいほど、エドは最後まで折れなかった。よっぽどのことではないかぎり、彼女はこう願ってきたりはしないのだから。
今回も、特別なのだろうか。じっ、と琥珀の瞳がウィンリィを囚える。それにウィンリィは小さくため息を吐きながら目を伏せた。つくづく甘いのだ、自分はこの少女に。
ウィンリィはエドを見据える。そして僅かに手を震えさせたままに、エドの手から針を受け取った。
「………サンキュ」
「別にお礼言われることじゃ、ないし……」
安堵したように笑顔を作って礼を言うエドに、ウィンリィは複雑な笑みを見せる。
そのあと針を一瞬だけ品定めしてから、それの先端部を蝋燭の炎で炙っていった。
まがりなりにも、ウィンリィは結構な数のピアスを付けている。穴の開け方くらい、もう熟知しているといっても過言ではない。
あぁだから、とウィンリィは思う。だからエドは自分に頼んだのか、と。
それは信頼されているという喜びと、けれど何らかの寂しさを彼の胸の内に交錯させた。
揺らめく蝋燭の炎が針を焼く。
「ねぇ、エド。ほんとにい」
「いいっつってんだろ?」
再度確認してくるウィンリィに、何遍も同じこと言わせんじゃねぇよ、とエドは口を尖らせた。そして、さっさとやりやがれっと横柄な態度で悪態を吐く。
その彼女のわざとらしい姿にウィンリィは苦笑する。そして、あーそっ今すぐやってあげる!と念入りに針を焼いていった。
エドはあらかじめ用意していた布にアルコールを垂らして耳にあてる。そうしながらも、ウィンリィの姿をじ、と見つめていた。
ピアスを欲しいと言った時から、“こう”することがエドの望みだった。彼からピアスを貰う。それだけでも十分だが、しかし充分ではなかった。自分の身体のどこかに、彼の痕跡を残したいと思ってしまったのだ。
耳朶に触れながら、ぽつり。
「だからどうかお前が、オレに消えない傷痕を残して」
独りごちたその言葉はウィンリィまで届かず、空間に分散していった。
「なんか、今言った?」
「何も言ってねぇよ」
聞き返してきたウィンリィを、エドはさらりと受け流す。その言葉に、そっか、とウィンリィは深く追求しないで針を炎から離した。
「痛いけど、我慢して」
「わーってるよ」
そう言って、ウィンリィはエドの横に移動する。そしてエドの横髪を耳に掛けた。
あらわになる小さな彼女の耳。そこに針を刺すという恐怖に、ウィンリィは青ざめていった。
どくどくと煩い鼓動を抑えるために、一つ息を吐く。そして意を決して、彼女の耳に針をあてた。
「いくよ」
「ん」
つぷりと肉を裂く感触がする。その衝撃に、エドは思わず顔をしかめた。耐え切れず、手を乗せていただけのウィンリィの肩を掴む。
「…んっ……つ…!」
ぎゅっと掴みすぎて、ウィンリィの肩には少しあざが残るかもしれない。けれど、それでもいい、とウィンリィは思った。
最後まで通したあと、ゆっくりと抜いていく。開けたところからはじんわりと、鮮血が滲んでいって、ぽたりとエドの足を赤く濡らした。
「エド…っ」
「だ、だいじょ…ぶ……だからっ」
急いでアルコールを垂らした布をエドの耳にあてて消毒した。その途端びくりとエドの身体が跳ねるが、けれど彼女は手を震えさせながらも先程までウィンリィがつけていたライトブルーのピアスを手に取った。
それもウィンリィに渡す。血が止まったのを見計らって、彼は彼女の耳にそれをつけた。
「はい……出来た」
恐る恐る、ウィンリィはエドの耳から手を離す。エドは耳に手をあてて、ピアスを確認する。
小さな小さな耳飾りが、ころんと耳朶に張り付いていた。
ウィンリィの方を見やると、彼の左耳は一つピアスが欠けている。それがこの耳にあると思うだけで、エドは涙が零れそうになった。
泣きそうな、けれど満足気な笑顔を、彼に送る。
「…………ありがとな、ウィンリィ」
完璧な笑顔を作ってみせたはずだった。いつものように小憎たらしく笑ってみせるはずだった。
けれど皮肉にも口元は僅かに震え、上手く出来たかわからなかった。
ウィンリィは眉を下げて、そして膝の上でぎゅっと再び手のひらを握り締めた。
エドの耳にある自分のピアスが、より彼女がここからいなくなることを強調しているように見えたのだ。
だからなのだろうか。エドが言葉を言い終える前に強く強く、思わずウィンリィは彼女を抱き締めていた。
「うぃん、りぃ…?」
ウィンリィの突然の行動に、エドは、動けない。目の前のぬくもりを放すことも、受け入れることも出来なかった。
ただ彼が顔を伏せた自分の肩が熱く湿っていくのを感じて、彼の服をぎゅっと握ってしまった。声が、上擦る。
「ウィン、リィ……お前は、いい後継ぎに…なれよ、な」
涙声には、なってはいないだろうか。不安に思いつつも、エドは言葉を紡ぐ。
ウィンリィは返事を返す代わりに、更に彼女を強く抱き締めた。
どれほどこの言葉は、残酷なのだろうか。息が、詰まる。
「……あんたはっ、ぜっ…い……しあ、わせに」
「なるよ」
ウィンリィのかすれた声に、けれどエドは凛とした声を響かせた。ウィンリィは顔を上げて、彼女を覗き込む。その時に、彼女の瞳が揺れたことを、彼は決して見逃さなかった。
「……え、ど」
「なる、からっ」
見つめられた空色の目を間近に見ながら、エドは強く言い切る。その瞳からは滔々と涙が流れ出でた。
ぱらぱらと、零れる涙はエドにはもう止めようもなかった。
親指の腹で、涙を拭われる。エドも同じように、ウィンリィの頬を拭っていった。
この狂おしいほどの想いに気付いたのは、果たしていつ頃だっただろうか。その想いが叶わぬと気付いたのは、どれほど昔のことだろうか。
けれどせめてこの時だけは、あぁどうかどうかこの部屋に誰も入ってこないで。
こつんとエドとウィンリィは額をぶつけ合う。
それ以上は触れはしない。触れては、いけない。
ただただ夜の帳が落ちるまで、2人は静かに、身を、寄せあった。
*
「で、何の用?……ってかうわっ何だよその荷物の数、えっ土産?ありえねぇー」
呼びかけられて振り向いたエドワードは、視線の先にあるたくさんの運ばれてきた荷物の量に呆れ返った。そしてその中から直接手渡された小さな箱に、はたはたとその瞳を瞬かせた。
「だから何だよこれ。………は?開けてみろ?」
促されるままに、訝しみながらも白い箱を開けてみる。そして中から出てきたものに、エドワードは息を呑んだ。
「……………ピア、ス」
エドワードの瞳が僅かに揺れる。そして在りし日のことが、頭を掠めた。
くるくると、夏草の匂いに眩暈がする。
だが、穏やかに微笑んだあとに、エドワードはそれを箱ごと突っ返した。
「いらねぇ」
はっきりと、そう告げる。立ち上がって前に一歩進んで、縁側の柱に背を預ける。
彼女の背後に広がるのは、何処までも蒼い空。
逆光で、エドワードの顔が見えなくなる。その表情は果たして、笑っているのか泣いているのか哂っているのか。
エドワードは縁側の柱に寄り掛かる。首を、傾げる。
その瞬間に、きらり。空からの光を浴びて彼女の片方の耳にある小さな蒼いピアスだけが、淡い、光を放った。
「いらねぇよ。だってピアスは―――――――――」
Whose is Pierce?
耳飾りは誰のもの
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