|
「アル、フォン…ス……?」
「エドワードさん」
名前を呼ばれて、そうして近づいてくる金髪碧眼の端正な顔にエドワードは心底焦った。逃げようにも押し倒されたこの状況では逃れられない。また、手足の半分がまともに動かせないのだ。押し倒されていようがいまいが、押さえ込まれてしまえば逃げれないことは確定である。
仰ぎ見れば真剣な蒼い瞳とぶつかり合う。エドワードは引きつった笑みを浮かべながら、たらりと冷や汗をかいた。
そもそもどうしてこのような状況になったのか。その問いの答えとしては、研究仲間の間で飲み会があったということと、珍しくハイデリヒが酔い潰れたということの2つがあげられる。
研究仲間に手伝ってもらってハイデリヒを家まで運んだあと、彼を部屋まで連れていこうとしてうっかり転んでしまい、玄関先で2人して倒れこむという事態に陥ってしまった。
それだけならまだしも、エドワードがハイデリヒの下敷きになって倒れこんだのが悪かったのだろうか。エドワードが背を床に打ち付けた痛みに耐えていると、ひたり、と頬に生暖かいものが触れた。それは酔いの所為でいつもより火照ったハイデリヒの手のひらで。
そうして真摯に自分を見てくるその表情に、エドワードは目を丸くした。
「ちょっと待てアルフォンス!ちょーっと待てって!おおお落ち着けッ」
ぎゃーっと内心で叫び声をあげながらエドワードはハイデリヒを正気に戻そうと試みた。落ち着けって、な?と引きつった笑みを浮かべながら、ばしばしと彼の肩を叩く。だが効果はない。ハイデリヒは眉を下げて問うてきた。
「いや、ですか…?」
「や、嫌とかそーゆー、ほんとそーゆー問題じゃなくってよー!」
寂しそうな表情で聞いてくるのは反則だ、とエドワードは思った。尋ねられた瞬間、とくりと心臓が跳ねる。普段酔わない奴が酔うと質が悪いというのはこういうことか、とエドワードは焦る心の何処かで冷静に分析していた。
「ほら、アルフォンス!部屋、部屋戻ろうぜっ。お前酔ってんだからさっさと寝ちまったほうがいいって」
慌てながらそう促す。けれどやはりそれは大した意味を為さず、エドワードは尚更焦った。ばくばくと心臓がうるさくがなりたてる。警戒音が頭に流れる。
「エドワードさん…」
ハイデリヒは真剣な声音で彼女の名を呼んだ。そうしてゆっくりと顔を近付けて、彼女の額に口付けた。かぁっとエドワードの顔が朱に染まる。
間近で交わされる視線。ゆるゆると、吐息が感じられるまでに近づいてくる顔容。エドワードは心臓が壊れるかと思った。
警戒音が脳内で鳴っているにもかかわらず、動くことは出来なかった。物理的に可能であっても、きっとエドワードは動けなかったであろう。
「エドワードさん……」
再び名前を呼ばれる。間近で聞こえてきたそれに、ぞくりと背筋が震えてしまう。
これは、だめだ。これはもう、逃れられない。
まっすぐ射ぬいてくる空色の瞳を見つめて、エドワードは覚悟を決めた。どくどくと心臓が血を全身に送る感覚がする。
触れるまで近づいてきた、吐息。
そして次に起こることを予想して、エドワードはハイデリヒの服を掴んできゅっと目を閉じた。
閉じて、だがしかし何も起こらなかった。
代わりに異様に身体が重い。
不思議に思ったエドワードがそっと目蓋を上げてみる。すると、ハイデリヒは彼女の肩口に顔を埋めた状態で倒れこんでいた。
「ちょっ、アルフォンス?アルフォンス!?」
エドワードはハイデリヒを揺さ振ってみたが、彼が起き上がる気配は見られなかった。むしろ小さく、本当に小さくだが寝息が聞こえてきた。
(…………寝て、る?)
つんつんと彼をつっついてみてもやはり起きはしなかった。酒の所為もあって、このような状況であっても熟睡してるようだ。
エドワードはほっと安堵のため息を吐く。だがそれと同時に残念だという気持ちも生まれていて、それに気付いて彼女はぶんぶんと頭を振った。
(なに考えてんだバカじゃねぇのオレ…!)
煩悩を追い出すように、頭を振るわす。そしてきっとハイデリヒをねめつけたあと、腹いせに彼のその色素の薄い髪を引っ張った。だが彼は起きやしない。
(ったく、人騒がせな…!)
ハイデリヒが何をしても起きないだろうことを確認して、エドワードは身体の力を抜いた。だらりと身体を伸ばす。
(………………重っ)
上に倒れこまれている状況では、動こうにも動けない。まして意識がないため普段より重く感じるのだ、彼を退かしてここから脱出するということは到底無理な相談だ。となれば、彼が起きるまでは止むを得ずこの状態のままでいなければならない。エドワードははぁとため息をついてから、ハイデリヒを見やった。
彼の表情は見えないが、しかし気持ち良さそうに眠っている。
そうしたハイデリヒの姿は、エドワードの胸にとある感情を抱かせた。浮かんできたのは、妙な安堵感とちょっとした悪戯心。
こいつが起きてこの状況を見れば絶対確実に慌てるだろう、それを見たいと思ってもそれくらい別に罰は当たんないよな。そう考えて、エドワードは悪戯気に笑った。
ハイデリヒがいつ起きるかはわからない。彼は起きてどのような反応を示すのだろうか、それを考えると自然と笑みが浮かんでくる。
根性が悪いとは、自覚している。だが人をあんなに慌てさせたのだからこれくらい仕返ししてもいいだろう。
今は何も気付いていないハイデリヒの髪をさらりと撫ぜる。
とりあえずはそれまで楽にしてようと、エドワードはだらり、身体中から力を抜いた。
君の困り顔見たさにやったことでした、スイマセン
(何だかお題/squeezed orange)
|