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「白ソーセージが食いてぇ!」
「はいっ?」
夕焼けがわずかに差し込む午後4時を少し過ぎた頃。彼女は唐突に言い出した。わざと大きい声で、本に集中してる僕にしっかり聞こえるように。そうして怪訝な顔をする僕に向かって、にーっと悪魔みたいに笑うのだった。
彼女が突飛な行動に出る時はいつもそうだ。厭ぁな笑顔を振りまいて、僕に反論を許さない。アルフォンスくん、と呼ばれた猫なで声に僕はぞわっと寒気がした。
「いやだから、白ソーセージ」
「それは思いっきり聞こえましたけど、いきなり何なんですか」
「なぁんかいきなり食いたくなったんだよ。そういう事ってねぇ?」
「ありません」
「うわっ、面白くねぇ奴」
彼女は腕を前に出して顔を隠しながら、僕を信じられないとでも言いたいような目で見た。そんな彼女に「この家から出ていけ」という感情が芽生えても仕方がないことだろう。もちろん、声に出しては言わないが。
そんなことをしたら、彼女が路頭に迷うことは確実だ。生活能力もない、金銭感覚もない、多少いやかなり常識はずれの彼女を外に放り出すことは、彼女に死ねと言ってるようなものだと思う。運良く親切な人に保護されればいいんだけど、何せこんな時代だ。みんな国と自分のために一生懸命で他人なんかに構ってなんかいられないだろう。
路頭に迷われて死んだなんて、そんな後味の悪い話は聞きたくない。だから僕は彼女を放り出さない。さながら今の僕は、野性に返すに返せなくなった動物を世話する動物園の飼育員と似たような心境なんだと思う。
「なぁーアルフォンスー。白ソーセージねぇの?」
「そりゃまぁ、一応ありますけど。明日の朝食がジャガイモだけになりますよ?」
「うっ、それは…」
彼女はぎくりと身体を強ばらせた。さすがの彼女も、これには迷ってるようだった。誰だって3日連続マッシュポテトだけの朝食は、いやなもんなんだろう。
そもそも僕の感覚では、白ソーセージは朝に食べるものだ。夕飯に白ソーセージを食べようとする彼女の意識が僕にはわからなかった。最も、彼女の行動が変わってるけとなんて今やもう百も承知だから、何でだろうと疑問にも思わなくなってしまった。我ながら慣れたものだ。
腕を組んで、彼女はうーんと考え込んでいる。そのまま諦めてくれればいいのに、と僕は本の続きを読みながら悠長に考えていた。だけどそれは叶わぬ夢だろう。
彼女は一度言い出したことを最後まで貫き通す。それもくだらないことほどその傾向が強いもので。今回なんて、くだらなさは過去最高に抜きんでている。だとしたら、彼女はそうそう諦めはしないだろう。
彼女は眉間にしわを寄せて、目の下にもしわを作ってる。負けず嫌い、とはちょっと違うかもしれないけど、それでも負けず嫌いもここまでくれば相当だなと僕は思う。
突然彼女は目を光らせた。そして、そうだ、と名案を思いついたと言わないばかりにぽんと手を叩いた。
「んじゃあ、ビアホール行こうぜ!?」
「今からですか?」
「おぅ、大丈夫だって!ちゃんと飲み過ぎないようにすっからよ!」
「そういう問題じゃないと思うんですが!」
そこまでして白ソーセージが食べたいのか、と僕はちょっと呆れ気味だ。だけど、彼女はそんな僕の気持ちを気にすることもなく、鼻歌混じりに今まさに外出のために着替えようとしていた。まだ、いいよと言ったわけではないのに。行くと言ったわけではないのに。
彼女の行動は唐突だ。いつだって強引に僕を巻き込んで連れ回して振り回す。
「まぁまぁ、今日はおごってやっから」
僕のしょぼくれている肩を叩きながら、彼女はにっと笑った。その眩しすぎる笑顔に、僕は心の底からの深いため息を吐いた。
僕が巻き込まれるのも連れ回されるのも振り回されるのも、最終的には僕が断固として拒否しないからだ。結局、僕は彼女に甘いのだ。動物園の飼育員が無意識に動物を甘やかしてしまうように、僕も彼女をどうにも甘やかしてしまうのだ。バカだなぁ、と自分でも思う。それでも、頼られるという支配欲に僕の心は甘く震えるのだ。
「わかりました。でもちゃんと自分の分は自分で払いますよ」
「よっ、アルフォンス。このおっとこまえーっ」
調子のいい掛け声とともに、彼女は自分の部屋へと消えていった。着替えはものの数分で終わるだろう。僕はというと、コートを羽織るだけなので動く必要がない。彼女の着替えが終わるまで、本の続きを目で追っていくことにした。ビアホールは今頃はもう込んでるだろう。白ソーセージが売り切れてたらどうするんだと考えて、僕は1人で苦笑した。
愛は惜しみなく
(とにかくお題/squeezed orange)
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