Soap opera improvisation



 お昼ちょいすぎにイーストシティに着いて即効で料金安めの宿を取りに行き、買い忘れの物があったから一人で街を練り歩くこと数十分。
 オレの視力がすっげぇいいのかあの男が目立ちすぎるのか。
 はたまたコレは愛の力か、なんて薄ら寒いコトはまったく脳裏に浮かばなかったけど。
 まぁともかく、オレの現在位置から約50メートル離れたところに、賢者の石を求めて全国各地を隈無く旅するオレが今回ここにいる原因をつくった男が立っていた。しかもご丁寧に女性付き。あの向けられたら鳥肌が立つエセ臭さ満点の笑みを顔に張りつけて優雅に女性をエスコート。
 おいおい、いいのかよ仕事中に。そんな呆れた気持ちと同時に何やら黒い感情がオレの中に渦巻いていく。
 別にアイツが女と一緒にいるから腹を立てているわけではない。
 そんなことは断じて、ない。
 そう、この胸に巣食うどす黒い感情は、オレがリゼンブールで休養中だってのに電話で定期報告をまめにしろ!今すぐ来なかったら軍法会議ものだ!なんて脅して急いでイーストシティに来させたにも関わらず何でてめぇは仕事さぼって女と茶ぁ飲もうとしてんだよクソヤローがッ!というものだった。
 ふつふつと沸き上がる怒り。そいつが沸点に達したときに、ピンとあることを思いついた。絵で表すならピカリと光る豆電球。そんな表現がぴったりだ。街を行き交う人々が何故か怯えた顔をして横を早足で通り過ぎるのをちらりと見ながら、オレはきびすを返してダッシュで人込みの中に飛び込んでいった。それはもちろん、アイツをはめる計画に必要なものを買うために。


 あれから一夜が明けまして。よく晴れた空。澄んだ空気。
 こんな天気なら昨日のことなんて忘れてしまいそう―――だなんて、そうは問屋が卸さない。
 一昨日昨日とほぼ徹夜で完成させた報告書を手に持ちながら、向かうは敵陣・東方司令部。今日はアルの他にイーストシティに買い物があると付いてきたウィンリィも一緒にだ。
 いくらオレが国家錬金術師だからって、一緒にいる一般人を挨拶一つで司令部内に通すのはどうなんだろうと東方司令部の門番に疑いの目を掛けるけど、まぁ、オレには関係ないことだから気にしないでおこう。廊下を大股で歩いて、アイツがいるだろう司令室に急ぐ。
「ねぇ、兄さん。何でそんなに急いでるのさ」
「そうよ。もうちょっとゆっくり歩いたっていいじゃない」
「オレはさっさと報告書渡してさっさと帰りたいんだよ」
 妥当な答えを零して、けれど後ろの二人に合わせて歩く速度を少し緩める。
 やっべぇ、オレそんなに急いでたのかよ。ま、でも楽しみは逃げないし、少しはゆっくりと行きましょうか。パシリと頬を叩いて気合いを入れる。扉の前までくるとあらゆる意味で早まった鼓動を抑えるために深呼吸を一回。
 すぅー、はぁーと息を吐き切ったら直ぐさまドアノブに手をかけた。
「こんちわー」
 がちゃりとノックしないでドアを開けて、手を掲げながら挨拶をすると金髪の女性と目が合った。
「あら、エドワード君にアルフォンス君。それにウィンリィちゃんも。久しぶりね」
「お久しぶりです、ホークアイ中尉」
「リザさん。こんにちは」
 ぺこりと頭を下げるアルと、中尉の手を握りながら話し込むウィンリィを見てると、上から頭をぐしゃぐしゃと押さえ付けられた。何しやがるんだ!背が縮む!!
「ひっさしぶりだなぁ〜、大将。相変わらずちっちぇーな」
「だれが顕微鏡で見ても見付けられないくらいのミクロ級どチビくぁ―――ッ」
「いや、誰もそこまで言ってないって」
 トレードマークの煙草をくわえたハボック少尉に反論してると、ブレダ少尉がやってきた。続いてファルマン准尉、フュリー曹長。
この中で一番背がでかいのはハボック少尉。
くっそぉ、うらやましい!今に見てやがれってんだ。メラメラと闘志を燃やしていると、ふと今日のメインディッシュを思い出した。一瞬でも忘れているとは何たることか!
「そういや大佐は?」
「ああ、大佐ならたぶん執務室にいるぞ」
「そっか、サンキュ」
 教えてくれたブレダ少尉に礼を言って、執務室のドアを開ける。ここでもやっぱりノック無し。
「大佐ぁ、いるか〜?」
「鋼の。ノックぐらいしたまえ」
 ちらりと一旦こっちを睨んで、再び手元に視線を戻す。
 かりかりと響くペン先と紙の擦れる音。
 ぅおう、真面目に仕事をやってやがる。明日は槍が降るに違いない。
「へいへい、悪ぅございましたね。ほらよ、報告書」
 わざと手元の書類の上に報告書を重ねて、身近なソファに身を沈める。
はぁと深いため息を吐いて、大佐が何やらグチグチと説教をたれているようだけど、その頃にはもうオレは自分の考えに思いを巡らせていたのだった。
 ここで昨日思い付いた考えを実行しても、十分コイツの度肝を抜かすことが出来るだろう。けれどそれだとどうにもこうにも面白くない。
 うんうんと腕を組みながら不穏な事を考えていると、ノックの音が聞こえてきた。
「失礼します。大佐。せっかくエドワード君達が来てくれたのですから、そろそろ休憩に致しませんか」
 ナイスタイミング&グッジョブ、中尉!「エドワード君も。美味しいお茶とケーキがあるのよ。早くいらっしゃい」と女神のように微笑む中尉を称賛しつつ、心の中でガッツポーズをとる。
 ありがとう、中尉。これでオレの計画は完璧になる。
「やっと休憩か」
 やれやれ、と大袈裟に肩をすくめながら司令室の方に向かう大佐のあとについていく。
 もちろん計画遂行のために昨日買った目薬を掌に握りしめながら。
 開け放たれた執務室から司令室の様子を覗いてみると、軍部お馴染みメンバーズ+アル&ウィンリィがお茶の準備をしている。
 これだけ観客がいれば十分だろう。前を歩く大佐に気付かれないように目薬をさっと点して、それが零れ落ちないようにぎゅっと目を瞑りながら軽く俯く。
 ああ、ダメだ。自然と頬が緩んでしまう。だがここで笑ったら本末転倒、笑止千万。自分の心を叱咤して、新たに気合いを入れ直す。
 さぁ、ショータイムの始まりだ。

「なぁ、大佐……」
 執務室のちょっと手前。つまり司令室に出たばかりのところで大佐を呼び止める。
 ここで重視すべきポイントは声色。
 いつものようにぶっきらぼうにではなく。言うならばそう、憂いを帯びた声質で。
 目を瞑っているから見えはしないが、大佐が立ち止まった気配がした。一応これでも戦闘経験は豊富なもんで。それくらいなら目を閉じていても十分わかる。
「……アンタさ。昨日、お昼ちょっとすぎぐらいに街にいたよな」
「あ?ああ、まあ。それがどうしたというのだ?」
「そっか……」
 たっぷりとした沈黙。
 それきり何も言わなくなったオレに不信を抱いたんだろう。足音で、大佐がオレの方を向くのがわかった。
 よし、今だ!
「………どい」
「え?」
 勢い良く顔を上げて、大佐を睨み付ける。
 その瞳からは、はらりはらりと零れ落ちる涙、と見せ掛けた目薬。
 さすが昨日練習しただけのことはある。目の中心から綺麗に目薬が流れ落ちる感触がする。
「は、鋼の?」
 思いっきり動揺してるにも関わらず、大佐は手でオレの涙、と見せ掛けた目薬を拭おうとした。
 けっ、さすがはタラシ。いやでも涙と目薬の違いぐらい見分けろよ。まぁ、それができたらオレの計画は失敗したんだろうけど。
 一先ず狼狽える目の前の大人に安堵する。
 そしてパシリと頬に触れてくる手を振り払って、再び大佐を睨み上げる。
「はがね…」
「ひどい!ひどいよ、大佐!だったら………だったらオレのことは遊びだったっていうのかよ!?」
「な!?」
 ぴしりと凍り付く部屋の空気。
 それを気にする事無く、オレは大音量で叫び続ける。
「嫌がるオレに。あ〜んなことやこ〜んなこともしたくせに……ッ!!」
 途端、部屋が氷河期にまでさかのぼった。

 …………。


 …………………。


 ……………………………。

 ハロー、ハロー。
 こちらエドワード・エルリック。
 皆さん聞こえてますかー。ハロー、ハロー。誰か応答願いまーす。


 目の前で固まりきった大佐のみならず、司令室にいる全員にオレは懸命に呼び掛ける。長いのか短いのかわからない時間が過ぎ去ったあと。何かがポトリと落下した。
「大佐、アンタ大将に何やったんスか……?」
 顔面蒼白になりながらもハボック少尉がようやく意識を取り戻す。
 口元にいつもくわえてる煙草がないから、さっき落ちたのはそれだったんだろう。実際、足元に灰にまみれた吸い殻が落ちている。
 その声に感化されたように、その後次々と全員が意識を取り戻す。そしてそのみんながみんな、非難の視線でオレの横に立ってる大佐を見始めた。
「大佐……」
「ちょっと待て、待ちたまえ!誤解だ!誤解にも程がある!」
 大佐の必死の弁解にも関わらず。けれど相変わらず司令室には吹き荒ぶブリザード。
 休養中のオレを呼び出したのに仕事さぼって女と茶ぁ飲んでた罰だ。ざまぁみやがれ。
「鋼の!君からもなっ…」
 「な」の次に何がくるのかは知らないけれど、オレのいる方を振り返って何かを言おうとした大佐が突如言葉に詰まった。
 頭に黒い物体が突き付けられている。
「大佐。是非その話を詳しく話して頂けませんか?」
 詳しくをあえて強調しつつ、中尉が絶対零度の笑みをたたえている。
 その額には綺麗な青筋が立っていて、両手に愛用銃を標準装備。もちろんセーフティーロックははずされている。
「あ、リザさん!あたしも是非聞きたいです」
 そう言って手を挙げるのはウィンリィ。
「ボクも……………聞かせてくれますよね?大佐」
 かたりと金属を鳴らしてアルが大佐に問い掛ける。
「中尉、ウィンリィ、アル………!!」
 縋るように三人を見ればにっこりと微笑み返された。

 悲鳴と銃声と怒声と錬成音が鳴り響く司令室。
 そのなかでオレは、優雅に紅茶を啜るのだった。