エドワード・エルリックはロイ・マスタングが好きだ。歳が離れすぎていることとか相手の職業とかそんなの気にならないくらい、エドワードはマスタングが好きだった。きっかけが何だったのかはわからない。それでも元の姿に戻るための旅で色々と顔を会わせるたびに、エドワードの恋心は徐々に徐々にむくむくと膨れ上がっていったのだ。それはエドワードとアルフォンスが元の姿に戻れた今現在も変わらない。むしろマスタングとまったく会えない日々に、エドワードの恋心は爆発寸前になっていた。
 このままではいけないと思ったのは、果たしてエドワードだったのかそれとも他の誰かだったのか。ともかくも、エドワードはある日はたと決心して、リゼンブールからセントラルに気合いを入れて乗り込んだのであった。


「あ、大佐。オレ今度結婚すっから」
 セントラルにある喫茶店に、自主休憩を取っていたマスタングを無理やり引っ張りこんできて、エドワードはそう宣言した。あっけらかんとした口調はあまりに軽く、まるでそれはそれまでしていた世間話の続きのようであった。
 もちろん、これは嘘だ。何せエドワードはずっとマスタングが好きなのである。結婚するどころか、エドワードにそんな相手が出来たことは未だかつて1度もなかった。
それなのに、彼女は自信満々にそう告げていた。にっこにっこと笑いながら、マスタングの様子を覗き見る。マスタングは己の耳を疑うように、顔を歪めてしまっていた。
「はっ…!?」
「いやだから結婚すっから、って。何?耳遠くなった?」
 何を言ってるんだと信じられないような目で見てくるマスタングに、エドワードはにっこりと笑ってみせた。これは、エドワードにとって一種の賭けだった。マスタングに普通に告白しても、流されるに決まっている。だから今までエドワードは告白のこの字も出来なかったのだ。旅をしてる途中も、旅が終わってからも、気持ちを伝えることが出来なかった。悶々とした日々をエドワードは送っていたのだった。
 そんな姉の姿に痺れを切らしたのはアルフォンスだった。「そんなに告白して振られるのがいやなら、逆に告白されるように仕向ければいいじゃないか!」と切られた啖呵に、エドワードは目から鱗が落ちる思いだった。
 エドワードは考えた。告白されるように仕向けるとは果たしてどのようなことなのか、と。よく回る頭でひたすらひたすら考えた。そしてよくよく考えた結果、エドワードはマスタングに結婚すると嘘をつくことに決めたのだった。
 結婚の話を止めてくれれば、見込みはあるということではないのか。エドワードの考えは、アルフォンスが考えていたこととは明らかに方向性が間違っているだろう。だが仕方ない。何たってエドワードは恋愛においては初心者なのだ。何をどうしていいのかだってわからなかった。
「………………私は何も聞いていないぞ」
 ワントーンも下がった声の調子に、エドワードの胸は僅かばかり高鳴った。これは止めてくれるということなのか。結婚を止めろと言ってくれるということなのか。エドワードは期待に胸を膨らませる。だがそれをマスタングに悟らせるわけにはいかないだろう。眉根を寄せて、いつもの不機嫌そうな表情を作った。
「だから今言ったじゃん」
 届いたばかりのグラタンをスプーンで掬いながら、マスタングの様子を繁々と眺める。綺麗に形づくられた眉根は寄せられ、何かを苦々しげに考えている。その表情に、エドワードの胸はますます高鳴った。
「しかし結婚とは……」
「じゃあ………っ」
 止めてくれるのか、とエドワードは金目を煌めかせた。思わず身を乗り出してしまう。だが、次の瞬間。口に乗せられたマスタングの言葉に彼女はぴしりと固まった。
「何故もっと早くに言ってくれないんだ。私は君の兄代わりだろう!?」
 真摯に向けられる漆黒の瞳に、エドワードはぴくりと口の端を動かすことしか出来なかった。
「大体鋼の。君はまだ17歳じゃないか?将来を決めるには少し早すぎるんじゃないかね」
 マスタングの質問にも、エドワードは答えない。否、答えられない。兄代わりという決定的な言葉に、エドワードはものの見事に撃沈していた。だが、マスタングはそんなこと知る由もない。あれやこれやとエドワードに質問や説教をぶつけていた。もう少し世間を見たあとに結婚するべきだとか、君はまだ結婚するには早すぎるだとか。
 エドワードの当初の予定どおり、マスタングは彼女の結婚を止めてくれている。だが、エドワードが期待したのはこういうことではなかった。こういうことでは、決してなかったはずだった。
 悔しさに涙がこぼれてきそうだ。それでもエドワードは唇を噛み締めてやり過ごした。マスタングは未だエドワードを説得にかかっている。こっちの気持ちも知らないで、とエドワードは思う。しかし説得は止まらない。何も言わないエドワード相手に、マスタングはこれでもかと話を掛け続けた。それはいつしかエドワードの悲しみを拭い去り、だんだんイラつきに変えていった。マスタングはエドワードの恋心は知らない。だからここでキレることは八つ当たりに違いなかった。そんなこと考えるまでもなくわかっていた。
「そもそも相手の男はどういう男なんだ?経済力は、職業は、立場は?聞いているのか、鋼の」
「…………てる」
「鋼の?」
「聞、い、て、るっつーの!つーか、何でアンタにそんなこと言わなきゃなんねぇんだよっ」
 突如、返事を返してきたエドワードにマスタングは目を真ん丸くさせた。だが、黙り込んでいるよりはマシだと思ったのだろう。手を組んでより真剣にエドワードに向かい合った。
「君の幸せを願ってるからに決まっているだろうっ?私の認めた男でないと結婚は許さないぞ」
 マスタングの真剣な語調に。ぷちり、とエドワードは自分の中で何かが切れたのを感じた。オレのこと好きじゃないくせに、何でそんなこというんだよっと胸がムカムカしてくる。ダンッとエドワードはテーブルに手をついて立ち上がった。
「は、鋼の?」
「何なんだよっさっきから!人の気も知らねぇで!」
 これじゃあ完璧に八つ当りだ。だが止まらなかった。あとからあとから口をついて出てくる言葉を、エドワードは止めることが出来なかった。
「大体、結婚するなんて嘘だっつーの!」
「はっ?」
「オレはアンタが好きなんだよっ!」
「はぁっ!?」
「なのにさっきから何なんだよっ。一々一々オレのこと好きでもねぇくせに説教垂れやがって。つーかポテトサラダ付けたまましゃべってんなよ!だっせーんだよッ」
 大佐のバーカ!とエドワードは捨て台詞を吐きながら走り去っていってしまった。他人の視線も気にせずに、ただまっすぐ前を突き進んでいた。
 エドワード・エルリックはロイ・マスタングが好きだ。エドワード・エルリックはロイ・マスタングが好きだった。しかし果たしてロイ・マスタングは        
 マスタングは固まったままだ。固まったまましばし茫然としたあと、近くのナプキンで口の端を拭った。


いってみよう!やってみよう!



(何だかお題/squeezed orange