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紙一重の純情
最初にそれを聞いたときはただただ信じられなかった。
二度目は意味のない虚無感。
三度目は、身体を蝕むような深い嫌悪感が胸につのった。
「どういうことだ、これは?」
東方司令部司令官執務室。その中で、漆黒の髪とそれと同じ色の瞳を持った男、ロイがばさりと数枚の紙と写真を執務机に叩きつけ、机を隔てた目の前にいる少年に問いた。
口調は辛辣。まるでそれは獄囚に行なう尋問のように鋭い。
対する少年、エドワードは不機嫌さをあらわにして、横柄ともいえる態度でロイを睨み付ける。
「どういうことだ、じゃねーっつの。人がせっかく西で賢者の石の情報に辿り着きそうだったっつーのに、急に呼び出しやがって。変な用事だったらぶん殴るぞ!」
いきなり呼び付けられたことがかなり不服だったんだろう。ぎゃあぎゃあと今にも咬みつきそうな勢いで、椅子に座っているため幾分か低い位置にいるロイをエドワードは見下ろした。
だがロイはそれぐらいでは怯まない。
「鋼の。今は私が聞いているんだ。さっさと質問に答えろ」
より一層低い声で、エドワードを威圧する。
纏った空気は部屋全体に広がり、ひどく重苦しい。諦めたようにエドワードは嘆息し、机の上に置かれている先程叩きつけられた何らかの報告書を手に取った。
ぱらり。ぱらり。
ざっと目を通すように読み進める。一瞬ぴくりと眉を動かしたが、その表情は変わらない。すべて読みおわって写真も見て、その報告書を机に戻す。それを見届けて、ロイは再び口を開いた。
「噂が、聞こえてきてな。私の狗が、他の者に尻尾を振っていると」
ロイはエドワードを見つめる。その眼光は痛いほどにきつい。
エドワードは手をかかげ腕を伸ばし、そして応える。
「へぇ?実際尻尾振って寄ってくるのは向こうだっつーのに?」
「では、お前はこれを肯定するのかッ!?」
ダンッと執務机を叩いてロイは立ち上がる。
そんなロイをエドワードは面白いものを見るかのように見つめた。
「肯定もなにも。よく調べてあるじゃん、人物リストまで作ってよ。絶対ばれねぇと思ってたんだけどなぁ」
けらけらと笑いながら、エドワードは写真を摘みあげる。
そこに写るのは軍の将校らしき人物と金髪の少年。ごちゃりと建物が密集した場所。人気のあまりない裏路地のそこで、二人ホテルに入っていく姿があった。
「つーか軍ってやばくね?稚児趣味多すぎ」
「お前は、何故ッ」
「何故?ふぅん、そんな愚問聞くんだ」
エドワードは机に手を乗せて、覗き込むかのようにロイに近づく。
まっすぐに伸びる金色の視線。そして、
「賢者の石の情報を得る。そのために決まってんだろ?」
至近距離に寄せられたエドワードの顔は、その年齢にそぐわない壊れた笑みを浮かべていた。
ロイは、戦慄した。
この子供はなんだ、と。恐れともつなかい奇怪な感情がどくどくと血液を通して全身に伝わっていく。
「そんなに、元の身体に戻りたいのか?」
「当たり前だろ?それが、オレ達の望みだ」
壊れた笑みはますます強くなり、まるで世間話をしているかのようにその口調は軽やか。
「………………アルフォンスは知っているのか?」
わなわなと震える手を止めれずに、ロイはエドワードを見つめ返す。エドワードは一気に顔をしかめ、机から手を離して少し距離を取る。
「お前は!」
「オレは」
さっきとは打って変わった冷たい瞳でエドワードはロイを見る。
「オレは、これまでアンタの希望どおりの成果を上げてきたつもりだけど?」
口角を上げて、エドワードは皮肉めいた笑みを作った。
その瞳に浮かぶ色は、ある種妖艶。
光が溢れる室内においてさえ浮かび上がるそれに、ロイは背筋を震わせた。
あぁ、この子供は―――
何も言わず椅子に座ったロイを確認して、エドワードはきびすを返す。
「用がそれだけってんならオレもう行くわ。ホントは一発殴ってやりたいとこだけど生憎そんなことする暇もねぇし」
じゃあな、と声を掛けて部屋を出ていこうとした。ロイはそれを止める事無く、黙ってエドワードを見つめた。
離れていく距離。奇怪な感情は未だ全身を駆け巡っている。
恐れるはずが無い。何故恐れる必要がある。
絶望するはずが無い。彼には何も期待していないのだから。
ひたりと忍び寄る影のように胸を巣食うのは、
白濁とした嫌悪と少年が少年ではないという喪失。
「君は、もう少し賢い子供だと思っていたよ」
把手に手を掛け、出ていく直前に声をかける。
振り返って、化け物は綺麗な笑みを見せた。
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