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雨音の小夜曲
夕闇夜。薄暗いなか。しとしとと降る雨は静かに窓を打ち付け、一筋、また一筋と透明な線を描く。木枠の底にはたまった雨水がまるで今にも溢れ出しそうに震えている。ぽたり。ぽたり。エドワードは暖房で暖まった室内でその窓に流れる一筋の雨水を綺麗に指でなぞっていった。
途切れて真っすぐには進まなくて、けれど必ず底に辿り着こうとする水滴。そこには意志なんていうものはなくて、義務付けられたかの如く、当然のように下に落ちていくばかりだった。
エドワードは透明な筋をなぞるのを止め、窓に手のひらをべたりと張りつけて外を覗き込む。そして振り返って、後ろの、執務机で淡々と書類にサインをしているロイを見やる。
「イーストシティーに着いたときは晴れてたのに。やっぱ、アンタが珍しく仕事してっから降ったんじゃねーの?」
手を離して親指でエドワードは窓の外を示す。
カツンカツンと爪が窓にあたって音を立てる。ロイはペンを持っていた手の動きを止め、椅子を回転させてエドワードのいる方に向き直した。
目に写るは口角を上げてにやりと笑うエドワードの姿。不満げな口調とは裏腹に楽しげなその表情。それにげんなりとしたため息をついて、ロイはペンを机の上に置いた。
「君は、私を何だと思っているのかね?」
「え?無駄に気障で女ったらしで中尉には頭あがんないサボり大魔神な無能?」
笑みをやめてきょとんと真顔でそう答えるエドワードに、ロイは頭痛を覚えた。右手でこめかみ部分を押さえて俯いている。
そんなロイを無視して、エドワードはもう一度窓の外を見る。
「つーか、マジここ来るまでは晴れてたのに。最ッ悪」
ぐちぐちと窓にむかって文句を言うエドワード。その様子に頭を上げ、今度はロイがにたりとした笑みを作った。
「濡れるのが嫌ならばホテルまで車をだしてもいいが?」
「冗談!こんなことでアンタに貸しなんか作ってたまるかよ」
そっちのほうが最悪!とエドワードはロイの方を向いて顔をしかめる。そして見て、ふと気付く。
「そういう大佐の方こそどうなんだよ。アンタのほうが雨嫌いじゃん」
にやにやと嫌味ったらしい顔でロイを見る。けれどロイはエドワードを一瞥したあと、ふっと鼻をならして肩を竦めた。
「生憎と、私は雨が好きだよ」
「嘘つけッ。お得意の焔も出せないのにかよ」
不敵に笑いながらのロイの言葉にエドワードは咬みつく。
ロイは椅子の横にある肘掛に腕を乗せて、笑みを消して、そして言う。
「だからだよ」
「はっ!?」
「だから、私は雨が好きなんだ」
静かにロイは目を伏せる。
暗闇のなか。いつもいつも浮かび上がるのは、支配を嫌う野生の動物のように何処までも広がりゆく紅。どす黒く輝く焔の色。操ることなど出来やしないそれは、たくさんの人々の悲鳴を糧としてただ周りを無心に貪欲に貪り食い尽くしてしまう。
止めない。止めれない。自らが生み出したものだというのに、あぁなんてそれは厭わしい映像。
ロイは深く椅子の背に身体を預ける。エドワードは訝しげな顔をして瞳を閉じたままのロイを見つめた。
「……意味わかんねぇ」
「わからない方がいいさ」
雨水が窓を打ち付ける音が聞こえる。ゆるりと目蓋をあげてエドワードを見やる。
エドワードは眉間にしわを寄せて窓から手を離して、いささか距離は離れているが完全にロイの方を向いている。
「鋼の。もう少し傍に寄ってきてくれてもいいんじゃないか?」
「なんで」
「なんでも」
ロイの言葉にエドワードの眉間のしわがさらに増えたが、その表情がいつもの人を小馬鹿にしたような笑みではなく自嘲を含んだものだったのでエドワードはおずおずとロイに近づいていった。
どうせろくなことを考えてないんだろうと思いながらも傍に寄る。ぽすん。ロイの前にエドワードが立ったのと同時に、ロイの頭がエドワードの肩に乗せられた。
「なッ!?てめっ、何すんだよ!」
一瞬固まったあと、赤面して怒鳴りつけながらわたわたとエドワードは慌てる。その様子は随分と微笑ましいもの。
「珍しく仕事をしたから疲れたのだよ。少し肩を貸してくれないか?」
頭を預けたままロイは薄く笑った。ぐるりと唸りながら、エドワードは訝しげな視線をロイに送る。それでも尚おとなしく肩にもたれかかったままのロイに、諦めたようにため息をつき怒鳴るのをやめて黙ってその姿を見つめた。ロイは再び静かに目を閉じた。
あぁ、どうか。硝煙の匂いも焔の愚かしさもこの子には降り掛からないでほしい。腐臭も腐敗も決して見せてはいけないものだから。浄化など必要ないよう。常に太陽のもとにいるよう。
あぁどうかこの子にはずっと雨が嫌いでいてほしい。
ゆっくりと、時が流れる。窓の外では未だにぱらぱらと雨が降り続いている。ロイはエドワードにもたれかかったまま。エドワードは静かにロイの髪を撫ぜた。
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