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ノスタルジア
街中が橙色から藍色に染まり変わる頃。
「はい、出来ましたよ」
ゆっくりと中身をこぼさないように気を付けながら、ハイデリヒは湯気が立つ皿をテーブルに置いた。揺れるクリーム色の液体。
「サンキュー、アルフォンス」
すでにテーブルについていたエドワードは読みかけの本を横に置く。そしてハイデリヒが席に着くのを確認してからいただきますと両手をあわせて予め用意しておいたスプーンを手に取った。
温かなクリーム色に浮かぶ赤や緑。中でもそれなりに大きく切られたジャガイモをすくって口に運ぶ。その味に、自然と顔が綻んでいくことが自分でもわかった。
「エドワードさんってほんとシチューが好きですよね」
美味しそうにシチューを頬張るエドワードに、スプーンも手に取らず頬杖をついてハイデリヒは笑いかける。
「わ、悪りぃかよ」
「誰も悪いなんて言ってませんよ」
恥ずかしそうに顔を赤らめてふいっと顔を逸らすエドワードにまた笑みが零れる。そんなハイデリヒの様子にエドワードは怒鳴りながらお前もさっさと食べろとまだゆるりと笑っている青年にその横においてあるスプーンを押し付ける。
真っ赤になった顔で。それはもはや愛らしいものでしかない。
ハイデリヒはくすくすと笑いながらもやっとスプーンを手に取って、まだ温かいシチューをつつく。
「いえ、ほら、僕はあまり食べませんから。そんな風にいっぱい食べてくれるなんてすごく作りがいがあるなぁって」
言ってシチューをすくって口に入れる。牛乳とはまた違ったやさしい味が口内に広がった。うまく出来上がってくれたらしい。
「つーか、お前料理うまいよなぁ」
がつがつとシチューを食べながらしみじみとエドワードがそう言う。
「そうですか?」
「あぁ」
「まぁ、一人暮らしが長かったですからね。これくらいなら出来て当然ですよ」
苦笑しながらハイデリヒはスプーンでシチューをかき混ぜる。内から熱が逃げ出して一際湯気があがった。エドワードはスプーンを置いて、今度はテーブルの真ん中に置いてあるパンに手を伸ばした。
「んー、でもよ。一人暮らしでもろくに飯も作れねぇ奴オレ知ってるぜ?」
パンを小さくちぎりながらエドワードはきししと悪戯気に笑う。
「研究仲間に作れない人いましたっけ?」
「違う違う」
「じゃあオーベルトさん……も作れますし」
「だからそうじゃないんだって」
「えーとですね……」
ハイデリヒは次々と知り合いを思い出していく。そして、
「あ、エドワードさんのことですか?」
「違うわッ!」
腕がこうじゃなかったらオレはバリバリ作れるんだと機械仕掛けの偽物の腕を指差しながらエドワードは力説する。今度は耳まで真っ赤になっていてハイデリヒは苦笑した。
「すいません」
「ったく。そうじゃなくて!いたんだよそんな奴。むこうの世界に」
エドワードはパンを取り皿に置いてまたシチューを口に運ぶ。眉間にはしわが寄っている。ハイデリヒは手を止めてエドワードを見つめた。
エドワードの言った最後の言葉にきしりと胸が痛み笑みも止められた。
「なんつーかさ。確か29歳だったからまぁ一人暮らしして10年以上経ってるんだろうけど。まじホント料理できなくてよー」
スプーンを口にくわえながらエドワードは何かを思い出すように遠くを見つめる。
その瞳に映っているのは誰なのか。
「ジャガイモむいたら身ぃなくなるし人参切ったら手も切るし。挙げ句の果てに鍋見てろっつったらその鍋も焦がすんだぜ?ありえないだろ!?」
辛辣な言葉とは裏腹に、けれど表情はやわらか。エドワードの目が優しく細められる。
「いっつも外食ばっかで」
浮かぶ。すかした顔、焦った顔。
「料理なんか出来なくても人間は生きていけるーって無駄に威張りくさって」
映る。人を小馬鹿にした顔、怒った顔。
「少しは栄養バランス考えろって言ったら君こそ考えろとか言われて無理矢理レストラン連れてかれるし」
残る。自分だけに向けられていた優しい顔。
「ほんと、馬鹿みたいな奴だった………」
くるくると表情を変えてエドワードは話す。
拗ねて、笑って、眉をひそめてそして。
切なげに、微笑んで。
弟のことを話すときとはまた違う。その顔はまるで、まるで―――――――
「それで、」
「エドワードさん」
ハイデリヒの手がエドワードの頬に触れる。指先から暖かさが伝わってくる。
「な、何だ?」
「……シチュー、ついてますよ」
そっと親指で口の端を拭って身近にあるナプキンでその指を拭いた。
「わ、悪りぃ」
「いえ」
エドワードは俯いて口に何度も手をあてて、もう他についていないかを確認する。ハイデリヒは苦く笑ってスプーンを握りなおした。
「冷めてしまいますから、食べましょうか」
「ん?お、おぅ!」
恥ずかしげに照れ笑いをしてからエドワードは再びシチューに向き直った。部屋にカチャカチャと金属音が響く。
シチューはまだ、温かい。
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