「コーローネーロっ」
「……………」
「コーローネーロっ…!」
「……………」
 先行く金髪の少年の名を呼びながら、ツナは追い掛けた。ナポリの街は路地が狭い上に結構汚い。風に乗って転がってくる新聞紙の1面を避けながら、ツナは先行く少年を追い掛けた。
 コロネロはさっきからずっとこの調子だ。話し掛けても無視する一方だし、ずんずんずんずん1人で先に行ってしまう。コンパスの違いで簡単に追い付けそうなものだが、なにぶん足腰の鍛え方の違いによるスピードの差で簡単に追い付くことは無理だった。さすが元軍人、とツナはいたって見当違いなところに感心していた。
「なぁ、さっきからおまえ何怒ってんだよ」
 やっぱり反応はなし。ツナははぁっとため息を吐いた。
「やっぱ、待ち合わせに1時間近く遅れたことか?」
「……………」
「それともド派手にすっ転んだことか!?」
「……………」
「そ、それともバールでカフェラテをぶちまかしたことか?」
「……………」
「どれもほんっと悪いと思ってるよ!おまえにもめちゃくちゃ恥かかせたし、ものすごく注目浴びちゃったし」
 ほんっとごめんごめんなさい!とツナは前にいる少年に謝った。心の底からの、うそ混じり気のない謝罪の言葉だ。
 せっかくのデートだというのに、よくもまあこれだけの失態を犯したものだ、とツナは自分自身でも呆れてくる。もし自分が相手の立場だったら即効で愛想を尽かすだろう。だから、謝った。ツナはものすごーく心底謝り続けた。
 だが、コロネロはまたしても何も言ってはくれなかった。立ち止まったり、振り向いたりもしてはくれない。頑ななコロネロの態度に、ツナは段々と眉尻を下げていった。
「なー、コロネロー!」
 何度だって呼び続ける。その2人の様子は人々の関心を集めるものだったが(何せ東洋の女性が金髪の少年を追い掛けるという奇妙な光景だ)、ツナもコロネロも気にはならなかった。
 追いかけっこは100メートルくらい続いた。その間にも、段々とツナの頭ん中は冷静になっていった。もしかして怒ってる理由が自分が考えてるのとは違うんじゃないか、とツナは思いはじめてきた。確かに、遅刻した時も転んだ時もカフェラテをぶちまかした時も、かなりコロネロを怒らせはした。怒らせはしたが、彼はそこまで機嫌が悪くはならなかったのだ。それなのに、今のこの状況。いつコロネロがこんなふうになってしまったのか。ツナは追い掛けながら考えに考えに考えた。アレは、確か。確かバールを出てすぐあとで、むしろ会計を済ませたあとのことで      。そこまで考えて、しかしツナの思考は止まってしまった。
「うわっ」
 考え事をして歩いていたから、人にぶつかってしまったのである。
 ごめんなさい、と謝ってツナは急いで先に行こうとした。このままじゃ完全にコロネロに置いてきぼりを食らわせられる。そんなのもちろん嫌だった。だが、1歩足を進めてもどうにも身体が動かなかった。ふと腕を見れば、がっしりとした手が自分の腕を押さえてるのが見てとれた。おそるおそる振り向けば、ニヤニヤと笑う強面のお兄さんと目が合った。
 もしかして、ぼられる!?ツナは冷静に状況を判断して、たらりと冷たい汗を流した。いくらツナがマフィアのボスをやっていようと、知らない奴らから見れば単なる東洋人だ。カモにするのにはもってこいの人物である。
 ツナは慌てて周りを見渡した。おそらく、好きでそうなったわけではないがツナの方が腕っぷしは強いだろう。だが、街中で騒ぎを起こすのはどうにも避けたかった。
周りを見渡して助けを求めてみるが、人通り自体が少なく、もし目が合っても皆見て見ぬふりだった。コロネロの姿も見かけられない。はぁ、とツナはため息を吐く。今日は厄日か。そう考えたら、物凄くやるせなくなってきた。
 だが落ち込んでいても、仕方ない。とりあえず何やらニヤニヤと話し掛けてくる強面のお兄さんの持ちかけ話を丁重にお断わりしようと、ツナは口を開いた。いざとなったら少々手荒な真似をしてもこの場合はみんな許してくれるだろう、としょうがなく一人で納得してパンチを決めようとする。だが握った拳は、ほどなくして解かれた。その前に強面のお兄さんが蹲ったのだ。
「こ、コロネロ!?」
「何してんだ、コラ」
「いやいや、それオレの台詞だからっ。一般市民に何やっちゃってんのさッ」
 自分のしようとしたことを棚に上げて、ツナはコロネロに問い詰めた。だがコロネロは聞く耳持たずだ。蹲ってる男なんて気にせず、ツナの手を取ってさっさと歩きだしてしまった。
「お、おい」
「てめーだってあいつに一発食らわそうとしてたじゃねーか、コラ」
「そ、それはそーだけど。でもさ」
「でももかももあるか、コラ。腹に一発蹴り入れてやっただけだ。死にゃしねー」
 そう簡単にコロネロは言うが、彼の蹴りは強烈なものだ。淡々と言ってのけるコロネロに、うわぁっとツナは強面のお兄さんの身を案じてしまった。お気の毒に。思わず黙祷も捧げてしまう。
 だが、ふと、手のひらの暖かさにツナは意識を取り戻した。さっきまで前の前のずっと向こうを歩いていたコロネロが、今はこうしてツナの手を引いている。
「ねー、コロネロ」
「なんだ、コラ」
「もう……怒ってないの?」
 次の瞬間ぴしり、とコロネロは固まった。あぁまだ聞いちゃいけないことだったんだ、とツナは自分の質問を恨めしく思った。固まったコロネロは動く様子もない。手を繋いだまま、氷りづけになったように固まってしまっていた。
 ツナは少し後悔した。だが、聞いてしまったものは仕方ない。さっき人とぶつかる前まで考えていたことをもう一度考え直して、ツナは口を開いた。
「なぁ、おまえが怒ってた理由ってさ。オレが」
「おい、コラ」
 ツナが最後まで言う前に、コロネロがくるりと振り向いた。ツナは一瞬、きょとんとしたが直ぐ様態勢を立て直した。
「な、何?」
「おまえはオレの」
「うん」
「こ…………」
「こ?」
「こ、こここ…こ、こ」
「こ……。あ、ニワトリの真似?あだっ!」
 軽く向こうずねを蹴っ飛ばされてツナは悲鳴を上げた。軽くても痛いもんは痛い。ただの冗談だったのに、と心ん中で文句を言うが口には出さない。だってそんな雰囲気じゃない。
「おまえは俺の、」
「うん」
「恋人だ」
「うん」
 コロネロは場の雰囲気にそぐわないぐらい顔を赤く染めていた。そっぽも向いている。
「わかってんなら男の面子を潰すな、コラ!」
 言ってコロネロは再びツナの手を引きながら歩きだした。ツナは一瞬ポカンとしたが、徐々に徐々に顔を緩めていった。
「そっか。そっかー。やっぱコロネロ、バールのことで怒ってたのかー」
「蒸し返すつもりか、コラ」
「ううん」
 ツナがカフェラテをぶちまかしたバールで、ツナはひたすら申し訳ないという気持ちとこーゆーのは普通年下には支払わせないだろうという考え(コロネロの実年齢がいくつでも、ツナはコロネロの赤ん坊の姿を見ていたのだ。ツナにとって少年という見た目が真実だった)で、コロネロの分も全部自分で払ってしまったのだ。それがコロネロの気に障ったのだろう。何せ元軍属という男気溢れる性格だ。女に支払わせるなんて、言語道断だったのだろう。
 ツナは、すっきりしたーと爽快な気分になった。そしてふふっと笑って、繋いだ手をぎゅっと握る。
「あのさコロネロ。オレ、ジェラートが食べたい」
「任せろ、コラ」
 甘えさせてもらえるなら、存分に甘えさせてもらおう。ツナは満面の笑みを浮かべて、そう小さな恋人にお願いした。



だから連れて行って



(とにかくお題/squeezed orange