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カリカリ。ぱらぱら。さっきからペンが走る音が聞こえたり止まったり。たまには本が捲られる音もする。出所はすべて、俺の隣に座っている妹分から。彼女は今、うんうん唸りながら、必死になって分厚い辞書と格闘してる。
どうやら今日、学校の英語の授業中に宿題を出されてしまったらしい。しかもツナは、その宿題の中の数問をみんなの前で発表するよう指命付き。英語の授業は明日もあるみてーだから。だから、彼女はこーして机に向かって眉間に皺を寄せている。
俺が沢田家に来たのは今日の午後。いきなりツナに「助けてくださいっ」って言われた時は、ホントに何事かと焦ったもんだ。リボーンにまた無理難題を突き付けられたのかとか。俺も昔、いやっつーほどそれに覚えがあるから、その可能性が一番高いと思った。
けど、実際は違ってた。事情を聞いて、俺は直ぐに頷いた。英語以外だったらやばかったかもしれねーけど、でも英語だったら力になれる。もっとも、可愛い妹分の頼みだ。断るなんて選択肢は、最初っから考えちゃいなかったけど。
ツナは今、教科書に載ってる英文を悩みながらも日本語に訳してる。さっき見た単語の意味を忘れたのか、何回も辞書の同じページを引いている。
不器用な、可愛い可愛い妹分。けれど、俺が彼女にそれ以上の感情を抱くようになったのは、果たしていつからだっただろうか。
慕ってくれる妹分を可愛がる感情は、いつの間にか形を変えて姿を変えて、俺の心に溜まっていった。そのくるくる変わる表情も、何だかんだ言いつつも困ってるヤツを見捨てて置けねー優しい性格も、すべてに愛しさが込み上げてくる。愛しくて愛しくて愛しくて、このままイタリアに連れて帰りたいといつも思うぐらいだ。好きだ、って言ってしまいたい。愛してる、って言葉は常に、喉元で舌に乗せられるのを待っている。
けど、そうはしない。それは、できない。
彼女が次期ボンゴレ10代目だからとか、そんなことは関係ない。そんなことは、寧ろどーでもいい問題だ。けれど、それでも言葉に出すのを躊躇っている理由は、俺が彼女にとっての兄貴分だからってこと。
ツナが俺を慕ってくれるのは、俺がツナにとって兄のような存在だから。そのくらい理解ってる。だから、好きだとは言えない。自分の心の内を、すべては明かせない。
兄の仮面を捨てて男としての自分を見せれば、こいつは怖がってしまうかもしれない。いや、多分怖がるだろう。怯えさせたくは、絶対ない。だからこうして、今も俺は良い兄貴分を演じてる。
「……でき、た。できたー!でぃ、ディーノさん。この訳、あってますか?」
シャーペンを机に転がしたツナは、パッと勢い良くこっちを向いた。差し出されたノートには、少し歪な日本語が書かれている。
「どれどれ……」
「ど、どうですか…?」
「んー、いいんじゃねーか?せーかい。ちょっと変な日本語になっちまってるけど、意味はあってるぜ」
「ホントですか!?」
やったー!とツナは机に突っ伏す。そんなに喜ぶことかー?と思いつつ、それでもツナにつられて笑ってしまう。ツナの笑顔を見ると、俺まで嬉しくなってくるんだ。
結局のところ、俺はツナに笑ってほしいんだ。だから、この関係を崩したくない。笑顔を向けてくれる、この関係性を壊したくない。我ながら女々しいって思うけど、いつからこんなに恋愛に臆病になったんだって笑いたくなるけど。でも、俺はそれ以上に、ツナが大事なんだ。大切、なんだ。
ああ、けれど。
「………?ディーノさん、どうしたんですか?」
考えないわけではないんだ。不安にならないわけがない。この気持ちを、いつまで隠しておけるのかって。いつまで兄として接してられるのかって。きっとそれは無限なんかじゃなくて、いつか、いつか隠した想いは洩れてしまうだろう。そのときに、傷付くのは果たして俺なのか彼女なのか。
黙ったままの俺を、ツナは不思議そうに見つめてくる。その瞳に引き寄せられるように、俺はそっと手を伸ばして、そして、止めた。
なぁ、ツナ。今俺がおまえを抱き締めて好きだと言ったら、おまえはいったいどんな反応を見せてくれる ?
ためらう指先
(何だかお題/squeezed orange)
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