ただずっと



「髪、きれいだよねぇ」
 抜けるような青空。放課後の特権とばかりにがやがやとうるさい物音、話し声、笑い声。少し開いた窓からは部活動を行なう生徒達の掛け声。仄かに香る土煙。日直だからってわざわざ付ける必要があるのかが甚だ疑問な日誌に向けていた目を上にあげると、真ん前に先程から自分を待っている人物。真正面から俺をとらえて、
「獄寺君の髪、きれいだよねぇ」
 からかうようにでもなく真剣にでもなくただそう言って、その人はゆるく微笑んだ。 その時から俺の価値観は変わったのです。






「10代目、追加の書類お持ちしました」
「また――――ッ!?」
 朝から紙の山と格闘して数時間。そろそろお前等ともお別れだと思っていた矢先にノックとともに獄寺が現われた。今のツナには痛恨の一撃を放つ、書類の束という武器を持って。
 ツナはサインしていた手を一旦とめて、げんなりと獄寺を見つめる。その瞳は疲れと獄寺に対する見当違いな恨みを映し出していた。
「あー、もうやだ。せっかく終わったかと思ったのに何?まだあんの?」
 ぐたーっと頬を机にくっつけてツナは唸る。ペンも手を離れて机の上でカタカタと揺れている。
 疲れた、疲れた、疲れた!
 身体ってのは動かせば動かしたぶんだけ疲れるものと思っていたけど一日中椅子に座って書類と向き合っているというのも中々に重労働らしい。マフィアのボスになって知ったことの一つとしては実に情けない事実ではあるが、辛いということには変わりない。うなだれたままツナは疲れの元凶を持ってきた獄寺のほうに目だけを向ける。獄寺は書類の束を執務机の上に置いた後、何をそんなにと思うほど自信満々に拳を握りしめた。
「大丈夫です、10代目!10代目なら楽勝ですって。いつもこれくらい簡単に処理なされてるじゃないですか」
 満面の笑みで嬉々として語る獄寺にツナはため息をつく。
「うん、まぁ簡単にってのは言いすぎだけどねぇ。……………………ってかやんなきゃ殺されるし」
 最後は遠い目をしてぼそりと小さな声で呟く。なのでどうやらその言葉は獄寺には聞こえなかったらしい。何のスイッチが入ったのかはわからないがツナを目の前にしてこの男は、書類の処理から始まって部下への接し方や抗争時のツナの様子などを、美辞麗句を多大に使って誇張200%で語っていらっしゃる。
 あぁもうまったく何でこの人は自分のことのようにそんな嬉しそうにオレのことを話すのかなぁ、とツナは不思議に思った。あまりの誇張ぶりに恥ずかしくなるどころか呆れ返ったツナは机に突っ伏すのをやめて顔を上げて獄寺を見る。せっかくの美男子っぷりが台無しだよソレ、とばかりに顔を崩している獄寺は今度は身振り手振りをつけながら説明しはじめていた。あちらこちらと手を動かして、そのたびに獄寺の後ろで銀色が動く。もはや仕事のやる気が失せてしまったツナはぼんやりとしばらくそれを見つめる。そして、
「ねぇ獄寺君獄寺君」
「であるからですね、ってはい何ですか?」
「あのさ。後ろ向いてくんない?」
「後ろ、ですか?」
「うん。後ろ」
 獄寺の言葉をさえぎって突拍子もなくそう言った。何で後ろ?と獄寺は訝しく思ったが、他の誰でもなくツナにそう言われたので素直に後ろを向く。一体なんだろうか何かしただろうか。不安が獄寺の胸中を渦巻くが肝心のツナは後ろを向いてと云って以来何も言わない。待ちきれなくなった獄寺はツナに声をかけようとしたが、それはツナ自身によって阻まれた。
「あの、10だい……」
「髪」
「ヘッ!?」
「髪、すごい伸びたよね」
 不安になっていた獄寺の様子に気付かず、ツナは頬杖をつきながらどこか懐かしげに笑って、しみじみとそう話す。今、獄寺は腰程まである髪を一つに結わえている。最近獄寺はずっとこのスタイルを貫いているし、髪というものは昨日今日で急に伸びるわけがないので改めて伸びたと言われるものではない。けれど、ちらりと振り返って自分の背中ごしに見たツナの表情から獄寺はツナの意図していることを察した。
「あぁ。中三の頃から伸ばし始めたっすから、もう7年になりますね」
「そっか。もうそんなになるんだ」
 ツナは一度目を閉じて、そしてまた開けて獄寺の仄銀色の髪を見た。長い銀糸は窓から流れ込んでくる光でキラキラと、キラキラと輝く。
「相変わらず、キレイだよねぇ」
 いいなぁとツナはくるりと指で自分の髪の毛を遊びながら感嘆をもらす。銀色の髪はツナの薄茶色の髪とは違い、光を反射して何処か神秘的に見える。言われた獄寺は喜ぶと思いきや、猛スピードでツナの方を振り向いてバンと勢い良く机に手を叩きつけた。
「そんなことありません!」
「んなっ!?」
 急に振り返った獄寺の勢いにツナは目を見開いて若干たじろぐ。合わせられた獄寺の瞳は痛いほど真剣だった。
「そんなことありませんよ!10代目の髪こそ綿菓子のようにフワフワしてて繊細でやわらかそうで」
「…………」
「一本一本が上質な絹糸みたいに美しくて艶やかでそれでいて朝露のような瑞々しさも持ち合わせていて」
「………ちょっと」
「その色も稲穂の波を連想させる神々しいものでキレイなどという言葉では表せないぐらい輝やいていてそれで」
「ちょっと!い、いいいいいからッ!ってか何恥ずかしいことべらべら喋ってんのさ!」
 とめないといつまでも誉め言葉を投げてきそうな獄寺にツナは必死に大声で叫んでこれ以上言わないようにストップをかける。あらゆる言葉で誉められる状況はさっきと変わらないものではあるが、今回は目を見つめられてという特殊状況下であるため恥ずかしさは先程の何倍もあった。
「そんな、俺は本心を言ったまでで」
「それじゃなお性質悪いわッ!」
 またも獄寺の言葉をさえぎってツナは叫ぶ。あぁもうただでさえ仕事で体力削られてたっていうのに何だって彼はこうも疲れることをしてくれるんだろう。確実に赤くなってるであろう顔を下に向けて一度深く深呼吸する。ドクドクと高まった鼓動を無理矢理落ち着かせて別の話題を探す。別にこの状況から逃れたいのならば獄寺を追っ払ってとっとと仕事を再開すればいいことなのだが、今のツナにはそんな考えが思いつくほど余裕がないし再開したら再開したでどうせ仕事に手につかないことが目に見えていた。それならばある程度世間話をして時間を過ごしたあと仕事をするのでもあまり変わらないのでかまわないだろう。何といっても今のように獄寺が暴走しなければ、人と話すということは十分な息抜きになる。ツナは頭を巡らせて考える。別の話題別の話題別の話題別の話題………あ、そうだ。
「あ、そういえば!ねぇ、何で獄寺君はさ。髪を伸ばし始めたりしたわけ?」
 少し俊巡してから考え付いて、ぽんと口に出してしまった質問に、また髪かよ髪から離れようよとツナは自己嫌悪に陥った。というか髪を伸ばすのに理由なんかいらないじゃんか、つくづく自分は話をふるのが下手だ。ごいんと頭を机にぶつける。獄寺は一瞬目を見張り、机から手を離してゆっくりと姿勢を正す。そしてツナを見つめる。
「あなたが誉めてくださったから」
 優しく掛けられた言葉にツナは顔を上げる。そしてきょとんと獄寺を見つめ返した。見上げた獄寺の表情は常では考えられないぐらい柔らかなものだった。
「………はっ!?」
「中三の頃、あなたが先程のように誉めてくださったから、俺は髪を伸ばし始めたんです」
 穏やかに、けれどきっぱりと獄寺は言い切った。ツナは最初獄寺の言ったことがわからずただ呆然としていたが、少しの間俊巡して獄寺の意図することがわかるとあわあわオロオロと慌てだした。
「えっ嘘ちょっと、それホントっ!?」
「はい」
 ガタンと音をたてて立ち上がってツナは真偽を確かめる。
「だって、たかがそれくらいで。え、嘘、えっ!?」
 髪を伸ばすのに理由なんかないと考えてたツナは予想もしていなかった答えに、それも自分が要因だという答えに狼狽した。
 けれど獄寺は静かに、穏やかに、温かさをもって告げる。
「俺には、それで十分なんです」
 かーっと顔に血が集まっていくのをツナは感じた。ななななんつーことを言うんだろうかコイツは。立ち上がったままの状態から急降下してぼすんと椅子に座り直す。
「あの、10代…目?」
 心配げに覗き込んでくる獄寺をツナは赤らめた顔のまま睨み上げる。キッと睨み付けた瞳はマフィアのボスであることから迫力はあるが、なにぶん顔が真っ赤であるから相手を怯ませる効果があるとはいえない。むしろ逆効果ともいえる。獄寺はなっ!?と声をあげて顔を朱に染めた。ツナは獄寺から目を逸らして自分の出せる最大限低い声で獄寺を呼ぶ。
「ねぇ、獄寺君」
「は、はい!」
「オレさ、仕事続けようと思うから」
「あ、じゃあ俺、失礼します!」
 顔を赤らめて、けれど冷や汗をかきながら獄寺は部屋から出ていく。バタンとドアが閉まったのと同時にツナは執務机に突っ伏した。ハァとため息を一つ。獄寺が消えていったドアに目線をやる。そして先程の会話を頭の中で反芻して、また顔が熱くなった。息抜きと思って会話を続けたのにこの応酬はどういうことだろう。思わず殺気を放って獄寺を追っ払ってしまったけど、羞恥は消えはしない。無意識なのか、いや彼が意図的に何かを言うなんて考えられないから無意識に違いない。ずるずると姿勢を正して、ツナはペンを握り直す。獄寺が運んできた書類の一枚を目の前に持ってきて、だがそのまま今度は椅子の背もたれに倒れこむ。
「ってかそれで十分とか。……………反則だよ」
 これで書類の処理が進まなくて殺されかけたら何が何でも全部獄寺君の所為にしてやる。ツナはそう決意しながらペンを机の上に転がした。





こんなん書きましたが10年後も獄寺君は今の髪の長さがいいです。ってかひっつめ髪! 原作で出ちゃいましたね、10年後隼人。個人的にものすごい好みの髪型になってたので思わずガッツポーズしました(笑)