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獄寺隼人は困っていた。彼の誰よりも大切な沢田綱吉が泣いていたからだ。
ずっとツナは泣いている。秋祭りに向かおうと獄寺が家に迎えに来る前からずっと彼女は泣いていた。ベッドの上に体育座りをして、ひっくとしゃくりをあげている。奈々と喧嘩をしたそうだ。
「母さんなんかきらいっ」
もうやだ知らないっ。先程からこれの繰り返しだ。ツナの小さな唇は漏れそうになる嗚咽を抑えながら、否定の言葉を繰り返していた。
これじゃあ祭りどころじゃない。祭りどころか、一歩もツナは外に行けない。現に奈々から外出禁止令が出されていた。それが喧嘩の原因だった。
最近ツナは羽目を外しすぎていた。勉強しないで遊び歩くのは中学の時から変わらぬものの、近ごろは幾ばかりか無断で外泊をすることもあった。あとで事の次第を報告され、ビアンキのフォローも入るものの、これには楽観主義の奈々も困った。注意をしても本当に反省しているのか疑わしい。今日も今日とて「早く帰ってきなさいよ」という忠告を流されてしまって、さすがの奈々の堪忍袋の緒も切れてしまったのだ。
もちろんツナも自分が悪いと判っている。今まで目くじらを立てなかった母にすっかり甘えすぎていた。ちゃんと反省もしている。けれど慣れない母との言い合いに、少し意地を張ってしまった。お説教を途中で投げ捨てて、1人で部屋に閉じこもった。
獄寺がツナの部屋に入れたのもドアの外から懸命に呼び掛けたからだ。だが、入れたからといって獄寺に出来ることはないに等しかった。すんすん肩をふるわせながら丸くなったツナの様子が、そうそう変わるわけでもなかった。
獄寺も悔いた。悔いたという感情だけでは足りない。ツナのした朝帰りのほとんどは獄寺にも責任があるのだ。自分を殴りとばしたい気分だった。ツナがこのような状態じゃなかったら、確実に殴りとばしていた。
奈々に謝罪した。ツナにも謝った。全部俺が悪いんですすみません申し訳ありません。けれど「獄寺くんのせいじゃない!」とますますぼろぼろツナに泣かれてしまって、獄寺にはもう為す術がなかった。泣き止まないツナを宥めることも出来ない。獄寺は彼女のそばにいることしか出来なかった。
「10代目……」
触れる。
涙で溢れかえるツナの目尻に、壊れ物をあつかうかのように獄寺は手をあてた。実際、本当に壊れてしまうかと思った。拭っても拭ってもとめどなく涙が指を伝い落ちていく。ツナの目元はもう真っ赤だ。
「10代目。あとで、お母さまに謝りに行きましょう。俺も、一緒に行きます。俺も、悪いんです」
静かに獄寺は語り掛ける。いつまでもこうしているわけにもいかない。それにツナにはもうこれ以上涙を流してほしくない。奈々との喧嘩でならなおさらだ。
びくりと大きくツナが震えたのを触れた手のひらごしに感じ取った。より大粒の涙が獄寺の指の腹に流れ落ちた。
瞬間、後悔した。より泣かせてしまうつもりでは毛頭なかった。
ツナと奈々のいる沢田家は、獄寺にとって自身とは縁遠い幸せな家庭だった。陽だまりだった。ただただ、陰っていてほしくなどなかった。
選んだ言葉が悪かったのだろうか。しかし獄寺はそう紡ぐことしか思い浮かばなかった。胸の内に焦燥感が溢れだす。
けれどしばらくしてからツナが小さくこくりと頷いてくれて、獄寺はほっと胸を撫で下ろした。
「…………獄寺くん」
「はっ、はい!」
不意打ちだった。獄寺の喉からすっとんきょうな声が出た。だがツナは気にしていないようだった。
「だっこ」
す、と彼に向けて腕が伸ばされる。俯いていてその表情はうかがえない。
獄寺は焦った。予想の範疇を越えていて狼狽した。しどろもどろに視線を彷徨わせる。それでも、失礼しますと前置きを入れてから横に座って抱きとめた。
腕の中に納まったツナはいつもより弱々しくていつもより暖かかった。普段ならありえないくらい小さく感じる彼女の姿を、状況もわきまえず少し可愛いと思ってしまった。思ったのと同時に不謹慎だと理性が本能を叱咤する。
「あとで………ちゃんと…母さんに、あやまる……」
「はい」
「ごめん」
「………はい?」
再びしゃくりをあげそうになったツナの背を、慌てて獄寺は撫でた。
「変なとこ、見せた」
「そんなことありません」
「オレが悪いのに、獄寺くん巻き込んだ」
「あなただけのせいじゃありません。俺にも責任があります」
「せっかく迎えにきてくれたのに、祭り、行けない」
背に回された小さな手にいっそうの力がこめられる。声も次第にくぐもっていった。
「俺はあなたと一緒にいるだけで幸せです」
本音だ。獄寺の心の奥底からの本心だ。秋祭りなんて一緒にいたいがための口実だ。ツナが悲しんでいるのは辛くて苦しくてたまらない。だけど、さっきだって不謹慎にもどぎまぎしてしまったくらいだ。理性は別として、このような状況が格別苦というわけでもなかった。獄寺は目尻を下げる。
すんとツナは鼻をすすった。
「………君、バカだろ」
「俺は10代目馬鹿っスから」
調子を取り戻してきた彼女の文句に獄寺は満面の笑みを向けた。ツナが落ち着いたら奈々に謝罪して2度とこのようなことにならないように誓って、そして家に帰ろう。それでも、それまでは。
まだまだツナは獄寺の背に腕を回したままで、離れる様子もない。珍しく小さく弱々しいツナを、獄寺はより一層ぎゅっと抱き締めた。
喧嘩のあとで
(何だかお題/squeezed orange)
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