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獄寺の背中には傷がある。
背中だけではなく、体中にもたくさん小さな傷がある。どれも些細なものであった。注意深く見ないと見つけられないものもある。この闇の世界に身を置く者として、至極当たり前のことだった。瀕死の重傷なら別として、五体満足なら騒ぐ問題ではない。かすり傷程度ならなおさらだ。とりたて気にする価値もなかった。
だが、ツナは彼のどこにどういう傷があるのかを知っている。どうやって付いたかも覚えている。
どんなに軽々しい傷も見逃さない。見逃したくは絶対になかった。
ふと腕をのばす。あまり大きくなく、2人で眠るのにちょうどいいベッドサイズのおかげで、サイドに腰掛けている獄寺には難なく触れることができた。少し前まではあんなに熱かったのに、触れた素肌はもう冷たい。
「10代目?」
すっかり肌に馴染んでしまった紫煙を吐き出してから、獄寺は振り返った。まさか彼女が起きているとは思ってもいなかった。不意打ちの接触に、思わず体が震えてしまう。だが、ツナは獄寺の動揺に気付いていないようだった。特に気にする様子もなく、ぼんやりと自分の手のひらを見守っている。
たゆたっている紫煙以外、上半身にはまだ何も身に纏っていない。だからこそじかに彼女のぬくもりが伝わってくる。背中にあたたかさが広がる。背骨を撫でるようになぞってから、小さく柔らかい手のひらは彼の脇腹に移動した。
「10代目?」
今度こそ真意を探るために、獄寺は優しく、主に問い掛ける。だがツナは黙ったままであった。何も言わない。無言の状態であるままに、獄寺の脇腹を指の腹でそっと撫ぜた。
「……きず…」
「え?」
「……残っちゃったね」
ざらり、と指の腹を傷跡がこする。盛り上がった瘢痕は、否応なしにツナの眉根を寄せさせた。少し前に、付いたばかりの火傷痕だ。銃弾がかすって出来た傷だ。近くにいたため、ツナの脳みそにもしっかりと刻まれている。これはオレを守ってついた傷だ。
知らず知らず、指できつく押してしまう。くっと息が漏れる声が聞こえてきた。
「じゅ、10代目?くすぐったいっス」
「うん」
笑いながら抗議してくる獄寺に無視を決め込む。触れることを、やめない。止めない。かさを増した肌質を、もう一度ツナは指で撫ぜた。
本当は、くすぐったさなど微塵もなかった。だが、少しばかりは困惑した。獄寺はツナの行動の意味をほとほと把握できていなかった。いつものスキンシップとは違う気がする。執拗にツナはこの傷を気にしている。
「大丈夫っすよ」
心配、されているのかと獄寺は思った。
だが、僅かにケロイドができているが、見た目がひどいわけでもない。もちろん痛くもない。心をかけてもらう理由が見当たらなかった。
ツナは答えない。その代わりに仰ぎ見た。ほの暗い部屋の中で、灰色の髪がきらきら光っている。暗やみに慣れきってしまった目は、その奥で、彼が苦笑しているのをしっかりと捉えた。
「こんなの全然痛くないっすから」
眉を八の字に下げて、ツナが安心するよう笑いかける。
吸いかけの煙草を灰皿に押しつける。空いた手のひらで、そっとツナのそれを包み込んだ。
「それより、あなたが無事で本当によかった」
心の底から、安堵した笑みだ。実際、ツナには真新しい傷が見受けられない。それがとても嬉しかった。
向けられた極上の笑顔に、ツナは目の皺を深くした。
「君は、」
幸せそうな翠色の瞳とかち合って、開いたばかりの口を閉じた。
再び口を開こうとするが、何も言えなくなってやっぱりやめた。
いつだってそうだ。いつだって、彼の優先順位では、彼は1番になりえない。ツナは歯痒さに、内側から食い破られるようにさえ感じられた。
散々言った。死ぬな、怪我するな、傷を作るな。だから彼は、命をとそうとすることはなくなった。それでも獄寺はツナを守るのだ。身を呈して、かばうのだ。
それが獄寺の役目だった。それが獄寺にとっての充実だった。けれどそれはツナにとっての不幸せだった。
強く、獄寺の瞳を見つめなおす。
「…………君が、」
「はい」
「今度、怪我なんかしたら……」
握られた手のひらを握り返す。かくばった手のひらはさらりとしていて、自分だけが汗ばんでいるような感覚に陥った。本当にそうなのかもしれない。ひどく目眩も起こしそうだ。
「オレも、同じとこに怪我作るから」
「なっ、何言ってんすか!?」
「なんでも」
狼狽する獄寺を見据えつつ、ツナははっきりと言い切った。
「だから怪我なんかするな」
綺麗なままで、いてほしいと思うのはツナのエゴだ。それでも願わずにはいられなかった。獄寺と同じ思いだ。大切な人には傷ついたりしてほしくない。
返事を待つように首を傾げる。獄寺は眼尻をさげて、ツナの命令に焦燥している。しばらく口を開閉させて狼狽えていたが、ややあってから、しぶしぶ了承の意を口にした。
「よし!」
にこりと微笑む。
握った手のひらを解いて、獄寺の腕をひっぱった。すんでのところでベッド脇に手をついたので、ツナの体に倒れこむことはなかった。その代わりに腕を首に回されて、当のツナが抱きついてきた。
「じゅっ、じゅーだいめ?」
「約束だからね」
「はい!?」
「絶対だから」
楽しげにツナが言うものだから、今度こそ獄寺はしっかりと返事した。おずおずと手をのばす。細い腰に腕を回して、小さな体を抱き締めた。
紫煙の香りが一層濃くなる。安心する彼の匂いだ。
抱きついた獄寺の体には、やはりいくつも傷が残っていた。そのどれもが、厭わしくて愛しい。
約束をした。了解も得た。それでもきっと、彼はまた新しい傷を付けるだろう。獄寺がツナの命令を聞かなくならない限り、彼の傷は増え続けるのだ。身を寄せる。ふと煙草の匂いが鼻に付いた。つんとする。獄寺を守れないだろう自分の弱さに、ツナは腹立たしくて涙が出た。
たとえ嘘でも誠でも
(何だかお題/squeezed orange)
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