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50分間の逡巡
大きくて座りごこちの良い革製のソファ。外から来るポカポカとした陽気に合わせて微細に設定された空調機。それが音もなく静かに、部屋中に心地よい風を送ってくる。目の前のテーブルには入れたばかりの紅茶。その向こう、つまりテーブルを対にした反対側では、この応接室の主、雲雀恭弥が優雅に紅茶を飲んでいた。
ツナは思う。切実に。
あぁ、なんでオレこんなとこにいるんだろ…?と。
恐怖のため緊張した姿勢をそのままにツナは心の中で盛大にため息をついた。
ことの始まりは昼休み。ツナは運悪く授業が終わって教室から去ろうとしていた教師と目が合ってしまい、前の時間にクラス全員が提出した数学の課題のプリントを職員室まで運んでくるように言われた。当然そんなことをするのは物凄く嫌だったが、問題を当てられて答えられなかったんだからそれぐらいしろと言われてしまえばぐぅの音もでない。獄寺と山本が手伝うと言ってくれたが、そんなに手伝ってもらうほどの量でもないので有り難いと思いつつそれをやんわりと断ってツナは教室をでた。
それが、今考えれば間違っていたのだろうか。いや、手伝ってもらっていたらもらっていたで面倒なことになっていたに違いない。だってこの人、群れてることを極端に嫌っているから。
ともかく、ツナはプリントを職員室に持っていき、先生からの説教という名の愚痴を聞かされた後、すぐにさぁご飯を食べよう!と意気揚揚と教室に戻ろうとした。昼休みが始まってもう10分も経っている。お弁当だから急がなければ食いっぱぐれるというわけではないが、お腹が空いているので急ぐことにこしたことはない。一応は丁寧に職員室を出て、少し駆け足気味に廊下を歩いた。階段を上って左。角を曲がればすぐ教室に着くはずだった。
そう、着くはずだったのだ。
ツナがせこせこと早足で廊下の角を曲がろうとしたその瞬間、向こう側から歩いてきた誰かとぶつかった。謝ろうと目線をぶつかった方へと向けてみると、そこにはこの並盛中全体(いや、並盛町全てかもしれない)の畏怖の象徴。雲雀恭弥が微動だにしないまま立っていた。驚きと恐怖で謝ろうとするもまごまごとしか口を動かせないツナを尻目に、当の雲雀は何の反応も示さずツナを見つめたまま何かを考えているようだった。それがツナの恐怖を増長させたことは言うまでもないだろう。ツナにとっては数時間、実際は数秒の沈黙の後。何かを結論づけた雲雀がついておいでと言い残して再び歩きだした。これでついていかなかったら後で何されるか考えるのも怖い。はっと我に返ったツナは慌てて雲雀のあとを追いかけていった。
その後、応接室に通され雲雀自らが紅茶をいれてくれたりしてくれちゃって、出来上がったのはこの傍から見れば優雅なティータイム状態。
ありえないしありえないしありえないしッ!っていうか何この状況!?オレ何か雲雀さんにしたっけッ!?
空腹なことも忘れてツナはひたすら考える。雲雀とは、初対面でいきなりトンファーで殴られ、それ以来自分の部屋に窓からの不法侵入を何回かかまされるという他の人よりは多少、本当に多少近しい仲ではあるが、何せ不良の頂点、雲雀だ。怖いものは怖い。というか、そんな何処までも気絶したくなるような関係だからこそ余計怖い。ツナは冷や汗をかきながら膝のうえに乗せた握り拳をずっと見つめ続けた。早くここから逃げ出したい。むしろ何で雲雀さんは自分を応接室に呼んだのだろうと、ぐるぐると頭を逡巡させる
「ねぇ、飲まないの?」
そんなツナの状況を知ってか知らずか、不意に雲雀が問い掛けてきた。考え事をしていたツナは、急なことに反応を返せない。
「あっ………なッ…?」
「だから。それ、飲まないの?」
雲雀の目線をたどってみると、そこには、ツナの目の前に置かれたまだほんのりと温かそうな紅茶の入ったティーカップ。やばい、緊張の所為で飲むの忘れてた。それに飲んで良いのかどうかも判断つかなかったし。ちらりと雲雀の顔をのぞくように見てみれば、明らかにむっとした表情をしている。
「い、いただきますッ!」
トンファーで殴られるのも咬み殺されるのもご遠慮願いたい。というかホントやめてほしい。慌ててツナはソーサーごとティーカップを手に取り、それに口をつけた。味は、そもそも紅茶なんてあんまり飲まないから何とも言い様がないけれど、これは。
「おいしい、です……」
「当たり前じゃない」
僕がいれたんだから、とツナの答えに雲雀は満足気に微笑む。そしてそれまで手に持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。
「ねぇ、綱吉。聞きたいことがあるんだけど」
わざわざ応接室に呼び出したのはこのためだったのだろうか。おそらくそうなのだろう。いつになく真剣に雲雀の視線が真っすぐにツナの瞳へと注がれている。
怖い。
紅茶でいくらか気持ちがほぐれたが、こうまともに見つめられると動物の本能なのか怯んでしまう。
「な、何でしょうか?」
ツナもまたティーカップをテーブルの上に戻す。つっと冷や汗が背中に流れるのを感じた。
「うん。実は前から思ってたんだけど」
ごくりとツナは唾を飲み込む。わざわざ応接室につれてきてまで聞きたかった事というのは何なんだろうか。緊張でバクバクと鳴り響く心音が鼓膜にも直接伝わってきてうるさく感じる。それを何とか抑え込もうと集中したその時に、雲雀の言葉が耳に流れ込んできた。
「ねぇ、何で綱吉は綱吉っていう名前なの?」
おぉ、ロミオ!貴方はどうしてロミオなの?
いや、違う。確実に違う!間違ってもそんなノリの質問ではないだろう。ふるふると頭を振ってツナは頭のなかに浮かんだフレーズを消し去ろうとした。
「何?僕の質問に答えるのがそんなに嫌なわけ?」
「そ、そういうわけじゃなくてですね…!」
頭を小刻みに揺らすツナの仕草を拒否反応と受け取ったのか、雲雀は不機嫌そうに口を歪める。ツナはその雲雀の誤解を解こうと頭をめぐらせて、ふっと先程の質問の理由に思い当たった。そういえば、自分はもう慣れてしまって気にしていないのだが、幼い頃は自分の名前を疎ましく思い母親に何でこんな名前をつけたのかと何回も聞いたりしていた。この名前の所為でからかわれたり笑われたりしたこともある。それはそうだろう。女の子なのに綱吉なんて、珍しいにも程がある。雲雀のように直接的に聞かれたことはあまりないが、おかしいと思っている人たちは大勢いるに違いない。ツナは一呼吸おいて、そして口を開く。
「えっと、ですね。なんかうちの家系、子供には徳川家の将軍の名前を付けるのが伝統だとかでして。あっ、と、父さんは家光っていうんですよ。それで、あの、オレは、綱吉で」
ツナはぎゅっと拳を握る。
「………変、ですよね」
かすれた声でツナは語る。握られた手のひらはすでに白さを通り越して色を失くしていた。その姿勢はうつむいたまま。下を向いたままのツナの耳に、はぁーと大きな雲雀のため息が聞こえてきた。
「君、そんなこと気にしてたんだ。馬鹿じゃないの?」
「なッ!?」
「名前なんて所詮、識別番号みたいなものでしょ?おかしいも何もそうつけられたらそれまでだし。それに、確かに君の名前は珍しいけど。僕は変だとは思わないよ」
雲雀の口調は淡々としていて、それが本音だということはすぐにわかった。意外な雲雀の返答に、ツナは目を見開く。うれしさが胸のなかに渦巻くが、それと同時に戸惑いが湧き起こった。
「そ、それじゃ何で雲雀さんはオレの名前の由来を…?」
「あぁ」
納得したように雲雀は口を開き、そして脚を組む。
「君の名前は珍しかったからね。後々何か面倒なことになる秘密とかがあったりしたら困るし。そうか。伝統か………」
顎に手をあてて雲雀は何かを考える。ツナはきょとんとしながらそんな雲雀を見つめた。先程の恐怖心はすっかり消えてしまった。
「ねぇ、綱吉」
「は、はい!」
ティーカップを持って、再び紅茶を飲もうとしているツナに雲雀は呼び掛ける。
真面目に。真剣に。
「じゃあ、僕と綱吉の子が女の子だった場合も将軍の名前を付けたほうがいいの?」
「…………はい?」
ツナと雲雀の関係。それは、初対面にもかかわらずトンファーで殴り殴られ、それ以降は不法侵入をするされるきわめて反友好的なもののはずだ。それなのに、なのに。
コノ人ハ今ナント仰ラレタノデゴザイマショウカ…?
「…………………………はい?」
ピシリと固まるツナに、どうなの?と再度雲雀が問い掛ける。
ツナは何も言わない。否、言えない。
ただただ時間は流れ行き。
5時間目の授業開始のチャイムだけが、虚しく部屋に響き渡った。
甘くしようとしたのかギャグにしようとしたのか、何にせよスイマセッ……!(汗)
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