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ため息を吐いて、
「もういいよ、自分でやるから」
そう言って。
雲雀の首に掛けられたネクタイとすでに十分以上睨めっこを続けているツナの手からそれを奪い、雲雀が自分でネクタイを締めたのは、つい一週間前のこと。
KNOT
「あの、」
朝。ふわぁと欠伸を漏らしながら雲雀が寝間着からスーツへと着替えているときに、まだベッドの中ですやすやと眠っていると思われたツナが、いつのまに起きたのやら、雲雀の傍に寄って、きゅっとその服の裾を握って声をかけた。
緊張したようにではなく、ただ意を決したように。
「あの、雲雀さん。もう一度オレに、挑戦させてもらえませんか?」
言いながら、雲雀を見つめていたツナは視線をクローゼットのネクタイ掛けへと移す。一週間前は失敗したが、今日こそは上手くネクタイを結んでやると、そう思ったのだ
ツナはそこに綺麗に並べられたネクタイを眺めて、殊更に決心する。
着替え途中の雲雀は纏ったワイシャツの釦をはめて、ゆっくりとツナを見やる。
「挑戦?」
「はい。あ、いや、別にそこまで難しく言わなくてもいいんですけどね。ただオレがやりたいだけで」
「ふーん」
「………………あの。ダメ、ですか?」
なかなか煮え切らない態度をとる雲雀に、ツナは少し不安になる。
確かにツナは一週間前、ネクタイの結び方がわからずネクタイの両端を持ったまま微動だにしないという大失態を披露している。そのことで呆れられただろうし、もうツナに任せられないとも雲雀は思ったのかもしれない。いや、絶対に思っただろう。
だがあれから一週間も経った。いくら飲み込みの悪いツナでも、それだけの時間があればネクタイの締め方など完璧に覚えたといっても過言ではない。
「オレ、今度はちゃんと出来ますから!」
だから今回は任せてくださいとツナは雲雀に目で訴えかける。
雲雀は常人ではまずわからないほどほんの少し目を見開いて、ツナを頭の天辺から爪先まで凝視した。
「……君、さ。朝から大胆だね」
「………………は?」
雲雀の言葉に、大胆なことなんて言ってないし、何言ってるんですかと今度はツナが目を丸くする。
ネクタイを結ばせてほしいと頼むのはそんなに大胆なことなのだろうか。
眉間に皺を寄せて考えようとする。
しかし、そんな暇も与えないかのように雲雀はツナの腰を引き寄せ顎をくいっと持ち上げてキスをした。
「…んッ!?……んんっ……」
荒々しく、けれど時には優しく口内を蹂躙される。
呼吸する隙も与えられない口付けに、ツナは雲雀の胸を叩いて苦しさを訴える。
「…ふっ…………ちょっ、な、なに朝から盛ってんですかあんたッ!?」
「何って。綱吉が言ったんじゃない」
「はい!?」
「もう1ラウンドに“挑戦”って」
「……はい!?」
邪魔をされて心外だという顔でツナを見つめる雲雀に、ツナは訝しげな視線を向けた。それと同時に、朝起きてからの会話を思い出す。ぐるぐると何回も反芻して、そしてツナは気付く。
そういえば、会話の中で一度もネクタイと言っていないことに。
いやだからといって、もう1ラウンドに挑戦とか勘違いも甚だしいし。まぁそうとられても仕方ないような言い方だったかもしれないけどさッ。
ツナの顔に段々と赤みがさしてくる。
「ほら、据え膳食わぬは男の恥って言うし」
「食わないでくださいこんな朝っぱらから食わないでくださいっていうかオレ誘ってなんかいませんからッ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら、ツナは雲雀の胸を押し返して少し距離を置こうとする。
「そうじゃなくて、ネクタイ!ネクタイを結ばせてほしいなって思ったんです!」
顔を赤くしながら、クローゼットのネクタイ掛けを指差す。雲雀は指を差されたほうを向き、なんだとつまらなそうな顔をした。
「それならそうって、早く言いなよ」
「す、すみません」
冷ややかな目線を向けられ、ツナは一瞬怯む。そんなツナの様子にため息を吐きながら、雲雀はネクタイ掛けからネクタイを1本取ってツナの手のひらに乗せた。
「へっ?」
「自分で言いだしたんだから、今度こそ結べなかったら咬み殺すよ?」
「は、はい!」
手の上に乗せられたネクタイを確認して、雲雀の顔を見て、そしてツナは嬉しそうに笑う。それに釣られたかのように雲雀もゆったりと目を細めた。
ツナの小さくて白い手が雲雀の胸元で動く。先刻ちゃんと出来ると宣言した通り、ツナはまったく迷いもせずネクタイを結んでいく。
黒いネクタイをワイシャツのカラーの下に通し、くるりくるりとネクタイの太い方を細い方に巻いていく。二回巻いた後で、巻いた為に出来た輪と結び目に太い方を通してきゅっと結び目を締めあげる。
「ちょっとそのまま動かないで下さいね」
そう言ってツナは1メートルぐらい離れて雲雀を見る。そして戻ってきてネクタイを左の方に少し寄せると、満足そうに微笑んだ。
「はい、出来ましたよ」
ぽんとネクタイの結び目に手を置いて、離す。
「へぇ、なかなか上手くなったじゃない」
雲雀は鏡を覗き込んで、結ばれたネクタイを指でぴんと弾く。
黒く細いネクタイはゆらゆらと揺れて、また2つ綺麗に折り重なった。
「うん。いいんじゃない?」
ジャケットを羽織ながら、ツナの方を向いて口の端を上げる。
「ホントですか?よかったー」
そんな雲雀の様子にツナはほっと胸を撫で下ろした。
上手く出来たと言うことも嬉しかったが、雲雀に喜んでもらえたらしいということが何より喜ばしかった。
ツナは両の手のひらをあわせて、にこにこと微笑んで。そして
「リボーンとか獄寺君相手に練習したかいがありましたよ」
「…………………は?」
ぴきりと雲雀を固まらせた。
ツナは雲雀の様子に気付く事無く、よかったーと嬉しそうにしている。
「…………ねぇ」
「はい?」
「練習って?」
ネクタイを締めるという行為は何気ない動作だが、それでも自分以外にはやってほしくないものである。たとえそれが練習という名であったとしてもだ。
固まった状態から立ち直った後、自然と雲雀の周りにはどす黒いものが渦巻いていく。
しかしツナは、雲雀の地を這うような声も下がり続ける部屋の温度にもまた気付かない。
「あ。ほらオレ、ネクタイの締め方なんて全然わかんなかったんで、実践で教えてもらってたんですよ。他にも山本とかランチアさんとか了平さんとか、」
にこりと笑いながらそこまで言って、ツナはようやく雲雀を見る。
そして雲雀の並々ならぬ様子に、思わず一歩後退った。
「ひ、ひひひひひ雲雀さん!?」
恐ろしさでもう一歩後退ろうとした身体はしかし、魔王の如くにんまりと笑う雲雀に腕を掴まれてそうすることを阻まれた。
「ねぇ」
「は、はい!」
間近で美しく笑うその顔に緊張して、ツナは自分の声が裏返るのを感じた。
ツナの頭の中は、オレ雲雀さんの機嫌損ねること何か言ったっけ、と過去を振り返ることで精一杯だった。
雲雀の頭の中は、さて綱吉にネクタイを結んでもらった草食動物の誰から咬み殺そうか、とこれからの謀で一杯だった。
掴んだ手を離す事無く雲雀はツナを引き寄せて、耳元で囁く。
「今夜、覚悟しておきなよ」
ツナの耳に届いた言葉は、怖いほど綺麗な笑みを浮かべて告げられていた。
逃げる術は、無い。
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