窓から差し込む陽光の所為で、部屋の中は赤みを帯びた黄色に染まる。橙色に彩られた風景は音もなくひっそりと佇んでいる。風もなく何もなく、あるとすれば紙片が捲られる音だけが辺りに響く。静寂に支配された橙色の部屋の中。そこに居合わせるのは男女が二人。
 雲雀は校内の風紀について纏め上げられたファイルに目を通し終わった後。その漆黒の瞳を先へと向けた。彼の真っすぐ前には、亜麻色の髪を持つ一人の少女。雲雀の向かいに座ったままで、榛色の瞳を閉じて、こくり、こくり、とその頭を揺らしていた。雲雀の仕事が終わるのを待ちきれず、どうやらそのまま眠気に襲われてしまったらしい。ツナは雲雀が見つめているのにも気付かず、こくこくと舟を漕いでいる。
 雲雀は自身に科せられた仕事が終わったにもかかわらず、ツナを起こす事も無く、ただじっと彼女を見やった。座ったまま眠っている彼女は、昨日夜更かしでもしたのだろうか。それとも、あまりに暇だったからであろうか、すいよすいよと居眠りを続けている。きっとその両方が理由だろうと結論づけて、雲雀はとかりとその背をソファーに預けた。
 何においても平均的。いや、人よりも劣っている点が多々ある彼女だが。しかし、どうして自分は彼女が気になるのか、端的に言えば好意を持つのか、雲雀は今一度不可思議に思えた。出会った当初からしばらく続いた彼女の挙動不振ぶりも、度重なる遅刻という風紀を乱す行動の繰り返しも、雲雀の癇に触るものであり、決して気に入るようなものではない。それなのに何故、と雲雀は今更ながら眉をひそめる。眉間には皺が寄った。
 ツナは彼の考えることなど露知らず、寝入っている。
 重心を前に置き、そのため支えがなく、たまにこっくりこっくり頭を揺らしてうたた寝ていた。バランスよく眠ってると思いきや、しかし雲雀が視線を向けている間に、ツナは重力にしたがって、ガッと勢い良く頭を下げた。
 突然の衝撃に彼女は目を覚まし、ブンブンッと頭を振って左右を確認している。何が起こったか、わからないらしい。それは雲雀も同じことだった。不意打ち気味に起きたツナに、彼は目を丸くさせられた。
 彼女は未だ自分の置かれている状況がわからず、おろおろとしている。その姿は、あたかも、いやあたかもも何も、小動物そのものだ。雲雀は目を見開いたまま、驚いたように目覚めた彼女の様子を見つめていた。だが彼女のそのおろおろとした姿を目にし、ゆっくりと見開いていた瞳を細めていった。そして思わず、苦笑を零した。
「綱吉」
「へっ?あ、はいっ!」
「よだれ」
「う、うぇっ!?」
「うそ」
「え、うそって、え、えッ!?」
 ツナは口元を押さえ、え、え、えっ?と混乱している。雲雀はその様子に口角を上げた。眉間に寄せられていた皺は、すっかり無くなっている。
 彼女が何故気になるのかなど、頭で考えても無駄なことはやめてしまおう。仮定がどうあれ、実際彼女の言動に揺り動かされていることは確かなのだから。事実認定ができないほど、自分は愚かではない。雲雀は混乱真っ只中のツナを見つめ、悠然と笑みを浮かべた。
 ツナはようやくからかわれた事を悟り、頬を紅潮させ睨んでくる。だが迫力などありはしない。むしろ嗜虐心をそそるものだ。そうと気付いたのか、ツナははたと顔色を変え、唇を噛み締める。
 もう少しからかおうかと思ったが、しかし気が変わってやめた。雲雀は背もたれに預けていた背を一度正し、ゆっくりと立ち上がった。そしてクエスチョンマークを散らして見上げてくるツナに一言。
「帰るよ」
 声を掛けた彼女の反応も見ずに、部屋から立ち去ろうとする。振り返ろうともしない。追い掛けてこないかもしれないなど一抹の懸念もないからだ。慌てたように立ち上がってこけそうになりながらも駆けてくる彼女に、ゆっくりと振り向き、そしてふっと笑みを浮かべた。
 バイクで送ろうかと考えていたがやめてしまおうか。たまには橙色の光の中をこの子と歩くのもいいかもしれない。雲雀はただ無言で、ツナの手のひらをぐいっと引っ張った。



それはあまりにも呆気なく静かな
始まりだったので




(何だかお題/squeezed orange