青ーい空が広がっている真っ昼間。机に積み上がった書類の最後の一枚を処理して、明日から休暇だーと思ったのが最後。それから急に意識がなくなって。
 気付けばオレ、何で観覧車に乗ってるんでしょーか。それも骸さんと。



マフィアランドに行きました。(骸さんと一緒編)



 かたりことりと僅かにだが揺れる空間。ゆっくりとツナが目を開くと、正面に端正な顔をした男が座っていた。
「……むくろ、さん?」
 霞む目を擦りながら、ツナはその男の名を呼ぶ。目覚めたばかりで、ツナの頭はよく回っていない。舌ったらずな口調で呼ばれたその男、骸は、それに応えるかのようににこりと笑った。
 あぁ相も変わらずこの人綺麗な顔してるなーとツナはぼんやりと骸を見つめる。すらりと通った目鼻立ちは自分やそこらの女達のものよりもよほど美しさを作り出し、けれど女では無いため余計妖しさを醸し出す。バックの星空と合わせるとホント絵になるよなとツナは思い、そこで、星空!?と骸の後ろに広がる光景を凝視した。
 確か自分の記憶では最後に見た空はまだ青かったはずだ。それなのにいつのまに夜になってしまったのか。そもそも、いったいここは何処なのか。慌てて周りの状況を確認してみると、どうやら先程までいた執務室ではないようだ。上へ上へと昇っていく、4人程が座れる上半分ガラス張りの小さな個室。
「……ここ、何処だよ」
「何処って。観覧車の中ですよ」
「そ、そんなもんは見ればわかりますよ!そうじゃなくてですねッ!」
「あぁ、この観覧車が何処にあるのかってことですか?マフィアランドですよ」
「ま、マフィアランド―――――――ッ!?」
 叫びながらツナはぐるりと後ろを向いた。バンッと音を鳴らしてガラス板に手をつきながら外を凝視する。
 真っ暗なため初めこそ何も見えてこなかったが、よくよく目を凝らしてみると、あちこちに点在している遊戯のネオンやホテルと思しき建物の明かりで全景がうっすらとわかり、それはここが本当にマフィアランドだということを示していた。
「ははっ………………うそ」
 自嘲気味に笑って、ぽつりとツナは呟く。その顔はぴくぴくと頬が痙攣しており、明らかに引きつっている。“マフィアランド”にいるということではなく、執務室以外に自分がいるという事実に、ツナは衝撃を受けた。それはそうだろう。何をされたのかはわからないが、自分の意図とは関係なしに連れてこられたのだから。
 ガラスに手を突きながら、ごんと額をガラスにつける。ありえない。何ですかコレ。そのままため息をつくとガラスに白い膜ができた。骸はそのツナの様子をにこにこと眺めながらも、自身も外を見やる。右隣のガラスにつっと指を滑らせ、それまでツナを見ていた視線とは違う、何処か冷たい見下したようなそれで下の方を見下ろす。
「あぁ、綱吉さん。綱吉さん!」
「………………なんですか?」
「見てください!まるで人がゴミのようですね」
「やっ、やめてくれません!?それ貴方が言うと洒落にならなくなるからやめてくれませんっ!?」
 うっとりとした骸の発言にツナは青白い顔をして勢い良く振り返る。そして恍惚に入った彼を見て、うげっと顔をしかめた。
 普段から骸は人の言うことをろくに聞かないのだ。こんな状態になった彼に、何を言っても無駄だろう。
 ツナは急に脱力感に見舞われた。椅子の上でずるずると身体を滑らせる。
「つーか。何がしたいんですか、あんた……」
 全てを諦めたような呆れたような。ひどく疲れた様子で紡がれた言葉に、骸はおやと目を丸くした。
「僕はただ、明日の休暇を貴女と二人きりで過ごしたかっただけですよ」
 にこりと、骸は綺麗に笑う。それでも、この状況はないだろッとツナは彼を睨み付けるが、骸はことりと小首を傾げてツナを見つめるだけだ。大の男がそんなことをしても気持ち悪いが、この男だと様になるのが不思議でならない。
 ツナは椅子の上でだらけさせた身体を手で支えて姿勢を正す。そしてため息をついて、じと目で骸を見やった。他の人から自分は骸にほとほと甘いと言われてきたが、本当に、甘いらしい。
「……………こんなこと許すのは、今回だけですよ」
 言って再びため息をついて、視線を骸から移して真っ暗な外へと固定をした。だが途端、腕を引っ張られてぐらりと視界がぶれる。
 気付けば、ツナは骸の膝の上に乗せられ尚且つ逃げられないように腰に手を回されていた。
「なっ、な!?な、何するんですかッというか何なんですかこの状態ッ!」
「いえ、せっかく許しをもらえたので早速いちゃつこうかと思いまして」
 にこにこと笑いかけながら骸はツナのくせのある髪を梳く。その表情はどんな女性でもとろけさせるような微笑みをたたえていたが、何処か獲物を捕らえた肉食獣のようでもあった。
 ぎくり、身の危険を感じて、ツナは逃げようと試みる。しかし腰を固定されて、にっちもさっちも動けない。自然、冷や汗が流れ落ちる。
 このまま彼を放っておけばこの観覧車という密室の中で何をやらかすのか、否、何をやらかされるのかわからない。わかりたくもない。
 ツナは思考がまとまらない頭を必死に使い、悶々と考える。この状況を打破できないのなら。せめて観覧車に乗っている間、このままを維持したい。
 ツナはぱくぱくと口を開閉させて、目を閉じる。しばらくしたあと、意を決したように口を開いた。
「…………………き」
「き?」
「き、キスだけ、ですから……ね!」
 顔に朱を散らしながら念を押すように告げられた言葉に、骸は目を見開き、そしてにっこりと笑顔を見せた。
「ええ、とりあえずは」
 と、とりあえずって何だよッと思いつつもツナは近づいてくる顔を避けることはなかった。心の中でひっそりとため息をついて、バランスをとるためにぽすりと骸の肩に手を置いた。