太平破壊者御断り 後編



 相手の手首を掴んで猛ダッシュをしたのはオレの方なのに、何で今オレは逆に手首を掴まれてあちこちに連れ回されてるんだろうか。

 ツナは目の前でひょこひょこと楽しげに揺れるパイナップルの葉のような頭頂部を見つめて、げっそりと肩を落とした。視線を下げると、彼の手でかっちりホールドされた自身の手首が見える。学校を出るときは自分が彼の手首を掴んでいたはずなのにいったいいつの間にこうなったんだ、とツナは疑問で仕方がない。
 手首を掴まれたまま、ツナ達は並盛の商店街を歩いていた。
 放課後、ツナの下校を待つ形で並盛中に来ていた手前、骸は何か自分に話があるのだろうとツナは判断ていたわけだが、しかし彼はその用を云うこともなくただツナを連れてぶらぶらと楽しそうに商店街を闊歩していた。
 やたらと何の脈絡もない話を振り、にこにこと心の底から楽しんでますとでも云いそうな笑顔を彼は浮かべている。
 何なんだ、とツナは思う。それはこの骸に連れ回されているという自分の状況にも対してでもあるし、また骸の様子に対する不信感でもあった。思わずじとりと彼を見やる。前を歩く彼の姿はやはり楽しげな様子に見えてしまった。
 骸が何の用で現われたのかツナはこれまで何回かきこうと思ったのだが、しかし悉くタイミングがあわず、未だ彼女は何も彼の言い分を聞けていない状態である。
 ツナは、骸に手を引かれて商店街を歩いている今現在の状況が特別嫌というわけではない。先日の対戦のことを思い返せば、何とも云えなくなるが、しかし「嫌」という感情ではなかった。嫌ならば学校から連れ出してまで骸の話を聞こうとしないし、しいていうならば彼に対する感情は、嫌ではなく怖いであった。
 いきなり目の前に現われていったい自分に何の用があるのかということを考えるとツナは怖くて仕方がなかった。妙に浮き浮きとしている骸の様子も、その感情を助長させた。

 商店街を歩いてもう何度目かわからなくなったため息を吐いて、ツナは立ち止まった。その原因の大部分は精神的疲労にあるが、しかし歩き続けたという身体的疲労も伴っていた。足が痛い。
 急にツナが立ち止まったため、骸もそれに気付いて歩みを止める。上機嫌だった顔は不思議そうな表情に変えられ、どうしたんですかと尋ねてくる。それを聞きたいのはこっちの方だ、とツナは半眼になってしまった。
 何の用なのか、何がしたいのか。頭の中はその疑問がぐるぐる渦巻いている。それなのに上手くそれらは口をついて出てこなかった。口を開けるのも億劫なほど色々と疲れ果ててる。しかし、骸がツナに関心を向けている今は疑問を解消するのに絶好のチャンスの時だ。訊くなら今しかない。そう思い立ち、ツナが口を開き掛けた。だがしかし彼女が云おうとしたその言葉は誰の耳にも届くことはなかった。
「おや、欲しいのですか?」
 不思議そうな表情を保ったまま、骸はツナの手を掴んでいない方の手で横を指差す。自然、ツナはその指を差された方を向いた。
 そこには、陽に焼けて色が薄れてしまった写真による商品説明の看板を上部に飾ったこじんまりとした店があった。そこは客が店の中に入るという形式ではなく、ガラス張りの店内を外から眺めることが出来、そして店の端でガラス張りが途切れている所で会計を行うというスタイルを採っている。店の者は今ちょうどガラスの向こうでクリーム色のした液体を熱く熱せられた鉄板の窪みになみなみと流し込んでいく途中だ。その後に続いて、横に控えていた者がヘラでその上に餡を落としていく。真っ黒な鉄板には並列された魚型の窪みがじりじりと音を立てていた。ここは所謂、たいやき屋だ。
 この店を指差されて、欲しいのですか、と問われたツナは、疑問を投げ掛けようとして出鼻を挫かれた状況だったので、早々に反応することが出来なかった。
 だが骸の云わんとすることを理解して、違うと言おうとした時にはもう遅かった。骸はすでにレジに向かい、購入した物をとさりとツナの手に落とした。
 彼女の手のひらにほんわりとした暖かさが広がる。俯くと、たいやきと目が合った。
「い、いらない!いらないですよっ」
「くふふ、遠慮しなくてもいいんですよ」
「遠慮なんかしてませんよ!」
 骸に物を貰うことほど怖いことはない。たいやきを思わず受け取ってしまったツナは直ぐ様突っ返そうとする。が、しかし骸は取り合わず、たいやきはほかほかと湯気をたててツナの手元に留まったままだ。
 確かに、このたいやきは美味しそうである。餡もたっぷり入ってそうで、これで看板に書かれている値段ではかなりお得だ。だが、しかし。問題はそこではない。たいやきをくれた相手はあの骸だ。どんな企てがあるのか気が気でない。
 尚もツナは受け取った物を返そうとする。だが骸はあっさりとそれをスルーして、再び彼女の手を取り歩きだした。
「あぁ、お金のことを懸念しているのですか?それなら心配ありません。このような場合は男性が支払うのがマナーですし、それにこうみえても僕はそれなりに持っていますからね」
 にっこりと微笑まれる。その笑顔をまともに見てしまってぞくりとツナの背筋に悪寒が走った。そのままぐいんと手を引かれる。そしてツナがたいやきを手にしたまま、再度2人は商店街の奥へと消えていった。



 青々としていた空はすっかり色を変えて今や鮮やかなオレンジ色となっている。それはガラス越しで見ても何も変化はない。
 ツナはストローを使ってオレンジジュースを飲みながらガラスを通して写る外の景色を眺めていた。なるべく前を見たくない。見てやるものか。前を向いたら視界の暴力が待っているっ。ツナはより一層遠くを見つめる。
 彼女の真前では、まだまだ上機嫌な骸がでんっと目の前に置かれたパフェをぱくついていた。
 たいやきの店を過ぎた後も散々商店街中を連れ回された挙げ句、ツナ達は今現在喫茶店に立ち寄り足を休めていた。
 なんでオレこんな処にいるんだろう、と橙色めいた雲を見つめながらツナは泣きだしそうになった。今頃京子ちゃんや黒川は何やってんだろ、と本当は今日一緒に帰るはずだった友人について思いを馳せてみる。
 だが現実逃避をしても周りの状況は何も変わりはしない。
 ちらりと視線を前に向ければ、やはり骸がにこにことパフェのクリームを口に運んでいた。
「どうかしましたか?」
「いえ……」
 学校が終わってすぐの時間帯から陽が落ちかけるまで、結構な長い時間ツナは目の前の少年に連れ回されてきたが、しかしその間彼が何をしに並盛まで来たのかは、結局彼女は聞けずじまいだった。はぁ、とツナは深く深くため息を吐く。
「結局、何の用だったんですか…?」
「はい?」
「いえ、だから。今日いきなりオレの前に現われたのは、何の用があってのことかって聞いてるんです」
 たんっ、とツナはオレンジジュースをテーブルの上に置く。少し乱暴に置いた所為で、ジュースの表面がゆらゆらと揺らいでしまった。
 骸はぱちぱちと瞬きを繰り返す。だがしばらくしてツナの言っていることに合点がいったようにあぁと声を洩らした。
「貴女への用ならもう済んでいますよ」
「……へっ!?」
「というより、現在も進行中というんでしょうか…」
「………はっ!?」
 骸の言うことにわけがわからなくなったツナは彼を凝視する。どういう意味かまるで検討もつかないというような困惑をその瞳が語っている。
 その視線を一身に受けた骸はにっこりと満面の笑顔を浮かべた。そしてそのままの表情を崩さずツナを真剣に見つめながら、言った。
「制服デート、というものを一度してみたかったんです」
 くふふ、と独特の笑い声がその唇から流れる。ツナは絶句した。
 そんなことのためにこの人は自分の処までわざわざ来たのか、とか、これまでの気苦労はいったい何だったんだ、とか、色んな感情が内混ぜになり、もはやツナは何にどう反応したらどうかもわからなかった。がっくりと肩を落とす。
 その間に、骸がはっと何かに気付いて、はいあーんとパフェを掬ったスプーンをこちらに向けてくるが、それにすら反応を返せない。こんっ、とツナの額がテーブルにぶつかる。
「………ほんと、勘弁してください」
 静かに呟いた言葉は静寂でない空間においては全く響かずすぐに消えてゆく。テーブルに突っ伏したままのツナを心配して骸は声をかける。だが彼女は応えない。突っ伏した状態の彼女は首だけを動かして喫茶店の外を見ていた。
 オレンジ色の空はどこまでもどこまでも広がっている。その色はとても鮮やかで、ツナは物凄く目が痛くなった。