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「おまえの手は冷たいね」
それは非難とも感嘆とも取れぬ音色で彼の耳に届いた。
ひたりと手の平を合わせてみる。大きさがまるで違うそれは形どころかやはり線と線すら合わせることはならず、ツナの手はすっぽりと骸に捕らえられてしまいそうだ。肌と肌との触れ合いはただの事象であるにも関わらず感傷的な気分に人を陥れる。おまえの手は冷たいね。合わせた手の平に瞳を定めて彼女は再び言葉を紡いだ。
白い肌は肌理細やかでぴったりとくっつけてしまえば境界線すら見えなくなってしまうかもしれない。彼女が紡いだ言葉の欠片はふわふわと宙を舞い部屋を泳いだ。
「心が暖かいんですよ」
ぽつり。呟かれた言葉にツナは顔を上げる。
「は…?」
「良く云うでしょう?手が冷たい者は心が暖かい、と」
そう、くすり。呆然と見上げてくる彼女に骸は笑みを零した。ツナははたはたと瞬きを繰り返し唖然と彼を仰ぎ見る。
何て予想通りの反応。可笑しくなって彼はくすくす笑った。気の抜けた表情はひどく幼くいとけない。榛色は彼だけを真直ぐ見つめ捉えている。それはなんと甘美な誘惑だろうか。砂糖菓子の甘ったるさはさらさらと溶けてはいかず胸に熱量を残すばかりだ。
ぱたりと再び彼女の瞳が瞬かれた。瞬間、それは影を落としそしてまた光を灯す。何言ってんだ。ようやく気を取り直したのだろう。悠然と微笑む彼にツナは半眼となった。
「それ、本心から言ってんの?」
呆れた視線を送ってしまう。けれど骸は冷たい目線を簡単に受け流してしまい、そして合わせた手の平を少しずらした。ずらすとうっすらと摩擦が起こって、手の内をほんの少し暖かくする。そのまま握りこむと、ふわりと熱が伝わった。
「貴女の手は、暖かいですね」
ことりと首を傾げて薄く微笑する。くすくす、くすり。浮かんだ微笑みは消えることなく、それはツナを見つめるばかりだ。彼女は訝しげな表情を骸に向ける。そして次の瞬間一層眉間に皺を寄せて、睨み付けるように視線を返した。
「意地が悪い」
「おや、何故です?」
「オレの心が冷たいって言いたいんだろ?」
そう睨め付けて、ツナは手の平を離そうとした。だが離れない。逃げ切れない。握りこまれた彼女の小さな手の平はびくともせず骸に掴まれたままだ。
「そんなことはありませんよ」
「うそつけ、目が笑ってる」
「そんなことはありません」
首を傾けて彼女を宥めるように真直ぐ言葉を紡ぐ彼は、しかし彼女に指摘されたように未だ笑みをその左右異なる光彩を持つ瞳に残していた。
その色濃い視線はツナをひどく苛つかせる。じくじくと脳髄が犯されているようだ。頭痛にも似たそれに多少なりとも苛立たせられる。が、しかしこれ以上彼に腹を立ててもこちらが疲れるだけだと長いのか短いのかわからない付き合いの中で十分承知していたため、ツナはただ静かに息を吐いた。
離れようとしていた手の平は抵抗を止めると拘束がとたんに緩まり、ともすれば腕の力を全て抜けば簡単に離れることは可能なのかもしれない。天の邪鬼。心に浮かんだ単語はしかし彼女の舌に乗ることはならず、手の平の拘束の緩みにも気付かないふりをした。
「おまえは、」
口を開き、少し俯いていた顔を上げる。視線は揺れもせず真直ぐに彼を見据えた。合わせられたのは鮮やかな青と赤であった。それは静かに、ただ穏やかになだらかな波を描いていて、ツナは紡ごうとした言葉を思わず留め自然と再び口を閉ざしてしまった。否、留めるとは間違いだろう。正確には、紡ぐ言葉を忘れてしまった。
何を言おうとしたのだろうか。おまえは、と紡いだ先に何を思ったのだろうか。それは何度頭を思い巡らせてもはっきりとはせず、彼女はぼんやりと青と赤を覗き込んでいた。彼女の眉間に皺は刻まれていない。何事かを乗せようとした舌はすでに渇ききり、最早動くことすらしようとはしなかった。何を言おうとしたのだろうか。ツナは茫然と宙を見つめる。思い起こそうにも思い起こそうにも、心当たりすら見当たらない。ということは、もしかしたら何も言う気が無かったのかもしれない。
じ、と見つめてくる視線。にも関わらず己を決して視てはいないそれに骸は苦笑を零した。何事もない空間は静寂に包まれ静かにゆっくりとしかし確実に時を進めていく。
「僕は、」
放たれた声は余韻を残すこともなく、一重にツナの耳に届けられた。甘すぎぬ声は明瞭に空間に響く。そして。
手の平が、引かれる。
空気が、揺れる。
触れた皮膚の冷たさに驚いて、思わず彼女は手を引っ込めてしまいそうになった。
うっそりと、骸は口角を上げた。
引っ込めようとした衝動は、しかし駆られるもすでに遅かった。彼女の手の平は再びしっかりと捕らえられていて、引き戻すことが出来ない。引き込まれた腕には急になど力が入るわけもなく、所詮目の前にいる男に為されるがままだ。
手の平は、簡単に引き込まれることを許した手の平は、力を入れることもなく逃げ切れることもなく、ただ、ただ彼の頬に押し当てられていた。
捕らえた手の平を自らの頬へ。その暖かさを慈しむように哀しむように憐れむように愛しむように。ただ、触れるだけ。彼の行動に驚きを隠せないでいる彼女に骸はまたしても笑った。目を細めて笑った。
「貴女の手が好きですよ?」
重ねられた手の、触れた頬の温度は触れ合う時間が長ければ長い程次第にそれがどちらの熱なのか判らなくなってくる。それでいい。それでいい。訝しげな視線を送ってくるツナにとうとう堪え切れず骸は声を上げて笑った。馬鹿にしてんのか。一瞬呆気にとられていた彼女は気を取り直すとともあれ掴まれている手で彼の頬を引っ掻いてやった。
汚い手のひら
(とにかくお題/squeezed orange)
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