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池見草の花
星星が散った夜空は時が経つにつれその輝きを隠し、夜が明けた後には空は厚い厚い雲に覆われていた。
今も昔も、人は洒落のためならば多少は金に糸目を付けないものである。もっとも、そう出来るのは限られた者たちだけではあるが、しかし引き締め一方の御改革が始まる前の今日の時分、それは紛れもない事実でもあった。
呉服屋「六道屋」。江戸でも有数の呉服屋であるこのお店は、いつも若い娘で賑わっていた。今も問屋の娘や袋屋の娘が、小娘を連れて店内を訪れている。煌びやかな織物の波は、なるほど若い娘が口元を綻ばせそうな代物である。呉服屋としては大繁盛を極めているこのお店は、今では客回しを身内だけでは到底出来ないほどに成長をみせていた。
とはいえ、この六道屋。呉服屋としては、まだまだ年が若かったりもする。先代までは煙草屋として商いに勤しんでいたところを、今の旦那が扱う煙草を呉服に取って代えてしまったのである。趣すら違う鞍替えは、ともすれば駆けてくる猪の眼前に裸で飛び出すようなものだ。しかし、主人の選美眼と、それに好きなものは何とやらと言うだろう。
結果的に六道屋は、1代で江戸で老舗となるお店と並びたてられる程、呉服屋として確固たる地位を築いたのであった。
賑わいを見せる呉服店。しかし、六道屋の繁盛はその類稀なる選美眼がためだけとは、よもや言い難かった。六道屋の主人には2人の子供がいる。
兄と妹。幼き頃には女中に連れられ2人仲良く手を繋いで祭りに赴く姿が見受けられる等、仲睦まじく実に微笑ましいその兄妹であるが、しかし他の兄弟と異なるところは、そのどちらもが瞳を奪われん程の美貌の持ち主であったということだ。
愛くるしさは年を重ねる毎に美しさへと変貌し、周りの人々を魅了した。病弱である娘はあまり屋敷の外へと姿を表す事も無く滅多にしか見掛けられはしないが、しかし兄は違う。六道屋の跡取りとして、若旦那として日頃より店に立っていた。
この若旦那。まだ齢は重ねてはいないが、実に商才のある男であった。大旦那に負けず劣らぬ、ともすればそれ以上の選美眼を持ち、尚且つ不必要を適切な時期に処理する冷静な目も持っていた。また、客に対するたおやかな対応はいかなる時をも人を引き付ける魅力に溢れている。美しい貌は時に人を圧倒し、寄せ付けることを拒絶する。しかし、物腰穏やかにうっそりと笑むその若旦那の姿は、若い娘に騒がれるにはそれはもうわけなかった。事実、彼が何用かで街に出る時には、常にと言っていい位に待ち図ったように現われる娘の姿もよく見受けられている。娘たちに放ってはおかれない美しさと穏やかさを兼ね揃えた六道屋の若旦那。だが、彼には未だかつて1つたりとも、浮いた話が浮かんだことはなかったのだった。
彼に関する噂と云えば、1つは跡取りとしてこれ以上にない器の持ち主であること。1つは病弱な妹を目に入れても痛くないほど溺愛しているということ。そしてもう1つは、極度の潔癖性であるということだ。
色香すら漂う完璧な笑みは、決して踏み入れてはいけない領域を形作る。若旦那は誰になびく事も無く、妹という唯一の例外を除いては、触れる事も無く、触れられる事も無い。些細な接触すら、絶妙なところですっとその身を退いて躱してしまうのだった。
それ故に、いつの間にやら彼の潔癖の噂は広まっていった。
尾ひれはひれを付けながら、しかし噂は噂。当の本人を目の前にすると、世の噂等たちまち娘たちには意味をなくすのだった。
潔癖といっても、不思議と他人が触れた物に触れられないというわけではない。そのため商いにはちっとも差し障りはなく、若旦那目当てに六道屋を訪れる客があることも、また1つの事実でもある。
江戸中でも一目置かれる呉服屋「六道屋」。
様々な噂が飛び交うこのお店が、ツナが仕える奉公先であった。
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