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金糸雀はナカナイ
太陽が西に傾き、今まさにそれが地面に飲み込まれようとしている風景が窓の外に広がっている。部屋のなかに差し込むのは鮮やかな橙色の光とそれに似合った暖かな温度。窓辺は徨々とオレンジ色に染まり、けれど時間が経つにつれ段々とその色も暗く濃いものとなっていく。部屋の明かりはついていない。電気が通っていないわけではもちろんない。この部屋の主が意図的に明かりをつけていないだけのことである。ただ外からくる僅かな光のみが、今この部屋の明かりを保つ唯一の術であった。
そんな暗闇に支配されつつある部屋の扉が、ノックも何の前触れもなくばたんと乱暴に開かれた。そうして部屋のなかに入ってきたのは全身を黒で固めた少年。少し大きめの、けれど涼やかな黒い瞳で部屋の主を見つけようとぐるりと中を一瞥し、執務机の上に高々と乗せられた書類の山を見て盛大に舌打ちをした。主は無論、机になど向かっていなかった。苛立ちを抑えないで少年、リボーンはずかずかと部屋のなかに足を踏みいれ、そして他には目もくれないで来客用の長いソファーの前に立ち、げしりとそれを蹴りやった。
「誰が休んでもいいっつった?」
常時より幾分か低めの声。
「あ、リボーン。おかえり」
無断でドア開ける奴なんて他にいないからお前だと思ったよと苦笑して、ピリピリとした空気を纏うリボーンを前に、この部屋の主、ツナはソファーに寝そべったまま軽く手足を伸ばした。そしてだらりと力を抜き、また身体をソファーに埋める。
今机に向かう気は、どうやらないらしい。
リボーンはそのツナの様子にヒクリと口の端を動かし、懐からよく手入れの施された愛銃を取り出した。
「どうやら死にたいようだな?」
口元に冷たい笑みを作って引き金に力を込める。ツナは無意味だとわかっていながら銃口の方に手を向けた。
「いやいやいやいや、死んじゃったら書類とか処理できるもんも処理できなくなっちゃうから」
だから撃たないでよと僅かばかり焦ったような口調でまくしたてる。手を掲げ、けれど起きる気配はまったく無い。ツナはゆるりと視線をリボーンから外して天井を見つめた。 濃い琥珀色の瞳はただ淡々と上を向いている。
リボーンはおかしいと、そう漠然と感じた。今のツナはいつもと何ら変わりはない。あれやこれやと人の目を盗んでは仕事をサボろうとするし怠けぐせは相変わらずだ。だが、何処だと問われればしいていえばその瞳が、現実を拒むかのように不透明に歪んでいた。ツナはまだ真っ白い天井を見つめている。部屋はすでにオレンジ色の名残も消え、その天井も今はもう限りなく黒に近い灰色に見える。そんな中。
「おい」
「ねぇ」
不審に思ったリボーンが呼び掛けるのと同時にツナが口を開く。リボーンはそれにぴくりと眉を動かすが何も言わずツナの言葉を無言で促した。
「ねぇ、あいつは……?」
「誰のことだよ」
「…………裏切り者は?」
「始末したから俺がここにいんじゃねぇか」
「そっか、そうだよね」
くすり、とツナは笑う。聞かなくてもわかることを聞いてしまって、それはひどく自嘲めいたものだった。眉を八の字に下げて、儚げに。けれどその瞳からは涙は一滴も流れやしない。
「ねぇ、リボーン」
口元に笑みを浮かべたまま、暗い部屋で、光などついていないのにツナは自分の右の手の甲を額にあてる。冷たい。
「オレはさ。人が死ぬのは怖くないんだ。人を殺すことも」
ぽろぽろと零すツナの言葉をリボーンは黙ったまま聞いていく。真っ黒い瞳はツナを見たまま動かない。
「けどさ。そんなふうにオレが変わっていくことが、オレは怖くて怖くて堪らないんだ」
ツナはリボーンにがいるにも関わらず彼を一時も見ずただただ上を向いていた。
何も動かない。空気さえも。
光をいったん失ったあとは部屋が闇に溶け込むのは容易く、辺りをより一層闇色に染めていった。急速に広がる黒。それが部屋全体を占めようとした時、ぼすんともドスンともつかない乱暴な動作でツナが寝転がっているためあまり幅がないソファーの際にリボーンが座り込んだ。ツナは驚いて目線だけでリボーンを追う。リボーンは振り返ってツナを見て、そして、
「いだッ!?なッ、ちょっ、何!?」
手を伸ばしてぐりぐりと目元を擦っていった。ツナの瞳には涙なんか溜まっていないのに、まるでそれを拭うかのように強く強く親指を這わす。
「いたいよリボーン」
「………………」
苦笑混じりにツナが抗議してもリボーンは止める素振りさえ見せない。ただただツナを無表情に見つめてぐりぐりと擦り続ける。
「いたいよ」
ぽつり、言葉を零してからツナはリボーンから視線を外して再び上を向く。
無機質な天井は暗闇で今はもう遠く感じる。
「いたいんだ………」
かすれた声は空気にまじって響く前に消えていった。真っ暗闇。ただ目の端に当たる体温だけが暖かくて、ツナは瞳をそっと閉じた。
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