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「なぁリボーン」
「何だ?」
「オレらってただの幼馴染みだよな」
「ただの、とは薄情な奴だな。16年間も隣に住んでて尚且つ今でも一緒に夕飯食ってる仲の俺に、ひでーと思わねーか?」
「うん、今のはオレの聞き方が悪かった。じゃあ、オレらって幼馴染みだよな」
「そうだな」
「別に付き合ってるってゆーわけじゃないよな」
「お前が往生際悪く首を縦に振らないからな」
「付き合ってないよな」
「まあな」
「うん、そうだよな。うんそうそう。そうなんだけどおまえさ。それがわかってんなら、とりあえず退けよ!」
言うやいなや、ツナはこの状況から脱しようと思いっきり暴れだした。腕をばたつかせ足を振り上げる。リボーンがどうなろうと知ったこっちゃない。とにかくこの場から逃げ出したい一心で、ツナはじたばたと押さえ付けられているベッドの上で手足を振り回した。はーなーせー、と目の前にいるこの部屋の主を睨め付けたりもする。だが所詮、スポーツも何もやっていないただの女子高生の力だ。男子高生に力で勝てるわけもなかった。何よりツナは従来、力が強い方ではない。この勝負は最初から勝敗が決まっていたようなものだった。
「ったく、こういう時も往生際が悪ぃー」
まだまだ抵抗を続けるツナの手足をリボーンは難なく折り畳んだ。容赦も何もなく的確に手首を押さえ付けて、体重をかけて足の行動も抑えこむ。これでツナの標本の完成だ。
仕上げにキスでもしようかと顔を近付けてみる。だがそれは渾身の力でリボーンの拘束を振り解いたツナの手によって邪魔されてしまった。
「やーめーろー!」
ツナの両手は少しでも押し返せるようにぎゅうっと力をこめながらリボーンの口元を覆っている。ツナの顔との距離は約15センチといったところか。間一髪のところだった。
ツナの目の端にはうっすらと涙まで浮かんでいる。まるで今にも泣きだしそうな様子だ。それでも泣きださないのは悲しきかな、こんな状況に慣れているからだ。謂わば、これは恐怖からではなく条件反射的な涙だった。
パブロフの犬と同じことだ。本屋に行くとトイレに行きたくなるように、押し倒されると涙腺が潤む。その姿は実にリボーンの嗜虐心をそそるものだったが、苛めすぎても後々面倒なことになるに違いないのを誰よりも彼は知っていた。
リボーンの行為を妨害しようとするツナの腕は先程からぷるぷる震えている。けれど引く気はさらさらないのだろう。これじゃあいつまでたってもキスの1つも出来やしない。
過去の経験から、今は引くのが最良とリボーンは判断した。
心からの悪戯心をこめて、ツナの手のひらを舐めあげる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
叫んだ拍子に彼女の手がリボーンから離れ、その際にリボーンは名残惜しげに身を引いた。ツナもその隙を見逃さなかった。湿った感触のする手のひらを守りながら、必死の思いでベッドの上から這って逃げた。
「別にそこまで逃げねーでもいいだろ」
呆れてリボーンは真っすぐに両手を肩の辺りまで上げた。彼にしては珍しい、白旗を表すポーズだ。それでもツナは彼を睨み付ける。ぶんぶんと大げさに、左右に首を振ってみせた。ベッドから離れたところにある勉強机の椅子に、背もたれを前にして、彼女は体育座りをしていた。警戒心丸出しのその姿は、まるで毛を逆立てて威嚇している小さな猫みたいだ。
「おまえ変なことすんじゃん。絶っ対、こっから動かねー」
「何言ってやがんだ。今日のはお前が悪いんだぞ」
「なんで!?」
「俺のベッドで寝てたんだ。襲ってくれっていってるようなもんだろ?」
当然だとでも言うように自然に返された回答に、ツナはますます毛を逆立てた。
「誰も襲ってくれなんて言ってないよっ。変な解釈すんな!」
今にも噛み付かんばかりの勢いだ。それでも椅子から降りて直接リボーンと対峙しないのは、まだ彼に対する疑心が残っているからだ。ツナは椅子の背もたれを盾にしてきゃんきゃん騒いでいる。
「だいたい、おまえがいないから悪いんじゃん」
言った後に、今し方気付いたとばかりにツナははっとリボーンを指差した。
「そうだよ、おまえがちゃんと家にいないからっ……。もともとはおまえがここに呼び出したくせに!」
いつだって人の気持ちお構いなしに部屋に乗り込んでくるリボーンじゃないんだ。そうじゃなきゃツナは用もないのにこの幼馴染の部屋になんか来たりしない。むぅと彼女は口を尖らせた。
学校の授業からようやく解放されてさて家に帰って昼寝でもするかと悦に浸っていたツナにとっては、リボーンの呼び出しは大迷惑だった。俺の家に来い。そのあまりに簡潔すぎるメールを受け取った瞬間、携帯を閉じて無視してしまおうかとも考えた。だが相手はあの傍若無人のリボーンさまだ。無視したあとに何が待っているのか。今までの経験から想像してみて、途端に脳内で警鐘が鳴り始めた。
仕方がないから、ツナは帰り道に真っすぐリボーンの家に向かったのだ。それなのに今の窓の外の景色はどうだ。すでに夜の帳が降りはじめている。
「人をこれだけ待たせといて何やってたんだよ」
待てども待てども帰ってこないリボーンに痺れを切らして、そのままツナはうとうとと眠ってしまった。もともと彼女は眠かったのだ。眠りにつくまでにそう時間はかからなかった。
他人のベッドで眠りこけたのは確かに気が引けるところもある。だがいまさらだ。ツナとリボーンは遠慮をしあうような仲ではない。
「デートだぞ」
「はいっ?」
あまりにも飄々とリボーンが言うものだから、ツナは聞こえていたにもかかわらず思わず聞き返してしまった。
「え、なに」
「だからデートしてたんだぞ。さすがに女をおいて帰るわけにはいかねーだろ?」
「へっ、デートっておまっ。それならオレへのメー……あぁもーいい!」
ぐるんと椅子ごと反転して、ツナは勉強机に突っ伏した。幼馴染みの俺様っぷりは慣れたものだ。ついでに幼馴染みの女癖の悪さにもだ。
何人もいるオトモダチの中の誰かと一緒にいたということだろう。誰だろうと考えるのも面倒くさい。いつか刺されるぞ、と本気で思う。
「何だ。妬いてるのか?」
「妬いてない」
「心配しなくても本妻はおまえだぞ」
「すげー嬉しくねぇー!」
そのくせいつもツナをも口説こうとする。腹立たしい。これまでの言動と、さっきまでツナを組み敷いていたベッドの上に座って、余裕綽々としている姿も相まって、まったくもって腹立たしい。
ため息を吐きながらツナは頭を抱えた。ぐしゃぐしゃと頭をかき回したい気分だ。だってリボーンが遠い。話が通じない。異星人と話している気分になってくる。
腹立たしさが全部抜けきったあとに、ツナに残ったものはどっとくる疲れだった。全身がぐったりしている。
「で、オレに何の用なんだよ………」
最早起き上がる気力も残っていない。ツナは突っ伏して、机に身を預けたままだ。
「ああそうだったな」
リボーンは悪怯れる様子もない。忘れてたとでもいうような声色を出して、ゆっくりと立ち上がった。机に近寄る。近づいてくる気配にツナはびくりと拒否反応を示したが、当のリボーンは彼女を眼中にもいれていなかった。机に置かれた鞄のチャックを静かに開けた。
「ほら」
途端、ツナの頭に激痛が走った。あたっと彼女は反射的に頭を押さえる。ずきずきと頭部が痛みをうったえている。
「な、なにっ?」
「てめーの弁当箱だ」
「はぁ!?」
ツナが勢いに任せて振り返れば、確かに見覚えのある弁当袋が目に入った。ほら見てツナ可愛いでしょ、と母が自慢げに作ってみせたお手製弁当袋だ。見間違えるはずもない。
「なんでリボーンがオレの弁当持ってんだよ?」
「てめーが教室に忘れてったからだろ」
呆れ声とともに弁当袋が手のひらの上に降ってきた。慌ててツナはキャッチする。
「あれ?オレ、今日弁当箱……」
「おまえが教室出たあとも思いっきり机の横に掛かってたぞ」
「まぁ、確かに今日の帰りは両手が楽だった気がするよーな……」
ツナはじっと弁当袋を凝視した。言われてみなくても、今日はこの弁当箱を持って帰った記憶はない。まざまざと教室を出る間際の行動を思い起こして、ツナは僅かに心搏数を増加させた。
このままリボーンが持ってきてくれなかったら、ツナは明日の朝にカビの生えたマイ弁当箱と対面していたことだろう。それどころか、毎朝弁当を用意している母が袋を持ち帰らなかったことに気付いて、もう1度ツナを学校に戻らせたかもしれない。家から学校までは決して遠いわけではない。バスを使えばじゅうぶんもう1度行ける距離だ。だが、わざわざ1日に2度学校に行くのはツナでなくとも誰でも嫌なものだろう。
「俺に感謝しろよ。おかげでママンに怒られずにすむし学校にも戻らなくてよくなったんだからな」
にやりとリボーンは笑ってみせた。まるでツナの頭の中を見透かしているようだ。ぐっ、と彼女は言葉に詰まってしまった。
「あっ、う…」
素直に礼が述べられない。助かったことには違いないが、何だか悔しいことにも違いない。リボーンが勝ち誇ったような笑みを浮かべているから尚更だった。ツナの良心をどうしてもぎゅっと縮め込めてしまう。
だいたい、弁当箱を返してくれるにしても、もっと方法はあったはずだ。どうせリボーンの家からツナの家までは20歩くらいで行けるのだ。それなら直接彼女の家まで届けてくれてもよかったのではないだろうか。自分のミスは棚において、色々なことがツナの頭の中を巡っていく。言い訳じみているとわかっているが、そう考えていくと、お礼を言う気がなくなってくる。ツナは勢い良く立ち上がった。
「用ってそれだけ?」
「そうだぞ」
「じゃあ帰る」
ベッドサイドに投げ捨てられた鞄をいささか乱暴に拾い上げて、ツナは部屋から出ていこうとした。用事もないのに居座り続ける理由がない。そこまでツナは図々しくないし、それに今は何となくリボーンと一緒にいたくなかった。
ドアノブを掴む。お礼よりも自分の被害の方が大きいと意地を張った。たぶんそれがいけなかったのだろう。ドアノブを持つ手とは反対の手首を掴まれた。
「おいツナ」
「なに?」
「せっかく俺が好意で弁当箱持ってきてやったのに、まだ礼の1つも貰ってねーぞ」
間然とした態度で言われてしまって、ツナは思わず脱力した。
「えっ、おまえこれくらいのことで見返り求めるの?」
「礼の1つくらい言われたっておかしくはねーと思うんだがな」
「まー、そりゃそうだけど」
心せまっ、とうっかりツナはツッコミを入れてしまいそうになった。だが寸でのところで息ごと飲み込む。このことはツナの心の内に閉まっておく。何せ口に出したらどのような仕打ちが待ってるのかわからない。
んー、と下唇を噛んでツナは思いをめぐらせた。繋がれた手がぷらぷらと揺れ動く。数秒経ったあと、意を決したようにツナは顔を上げた。
「ん。ごめん。ありがと」
素直なお礼はリボーンのお気に召したようだ。どういたしましてだぞ、と返事が機嫌よさそうに返ってきた。
リボーンにお礼を言ってしまえば、ますますツナはこの部屋に用事がない。さりとて今度こそ家に帰ろうと彼女はドアノブを回そうとする。金属のドアノブに手をかける。しかしどうしても未だにツナは何らかの違和感を拭えなかった。反対側の手のひらがまだ暖かい。よく見なくても、リボーンと手が繋がれている状態のままだ。あまつさえなぜだか指が絡められている。
「おいリボー」
ン、と続くはずのツナの言葉の調子は僅かにひっくり返った。繋がれた手を引っ張られて意図せず歩くことになったせいだ。ツナより先にドアを開けて、彼女を連れてリボーンは部屋を出た。
「ちょっ、え、なに!?」
「そろそろ夕飯の時間だぞ。おまえんちに行くのはいつものことじゃねーか」
「あ、うん…………っていや、そうじゃなくて!この手はっ、なんなんだよ」
「なんなら腰に手を回してやってもいいぞ」
「いらねぇーーー!」
にたりと笑うリボーンに嫌な予感がして、ツナは思わず放されようとした手を握ってしまった。その結果さらにしてやったりと笑われてしまってツナは地団駄を踏んだ。
手ぇ放せ止めろと喚くツナを黙殺してリボーンはずんずん進んでいく。彼女がうるさいのは昔からだ。それでも強硬手段にでようとしないツナの態度に、ますますリボーンは気をよくするのであった。
花ときゃべつ
純情リボツナ子(笑)
わざわざツナを自分の家に呼び出したのはツナが奈々さんに怒られないためのリボーンさんなりの配慮です。たぶん。
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