ハロー・グッバイ



 休日の午後。のんびりとツナがベッドの上で漫画を読み、リボーンが床に武器を並べその一つ一つを手入れをしていたその時。バタバタバタと階段を駆け上がる音が聞こえ、ツナはドアの方に顔を向ける。
 なんか嫌な予感がするなぁと半眼になりながらドアを凝視していると、ばたんと勢い良くそれが開かれた。現われたのは牛柄の服を着た子供。
「死ね、リボーン!」
 部屋に入ってきた早々、ランボはその小さな手には似付かわしくないナイフを思いっきりリボーンに投げ付けた。見慣れている光景とはいえ危険なことはできるだけ避けたいツナは、ひっと短い悲鳴を上げてベッドの上で後退る。
 攻撃を受けたリボーンはランボの方を振り向くこともなくちょうど手入れをしていた同様のナイフでそれを弾き返した。カキンと金属がぶつかった音がしてナイフが軌道を変えて投げた本人のほうへと戻っていく。投げ付けた時よりも速いスピードでナイフはランボのもとへと戻っていき、そして頭を直撃した。
「ぐぴ!?」
 ナイフが当たったランボは奇声を発し、しばし呆然としたあと泣き出した。血を流しながら泣く姿はある種恐怖。ランボのことを大丈夫かなと心配しながらも、けれどこの騒ぎに巻き込まれたくないツナは黙って漫画の続きを読むことにした。しかし、状況がそうはさせてくれなかった。まだ泣き続けているランボがツナの足にしがみついてきたのだった。
「あー―――、ランボ、離してくんない?」
「うわぁぁあぁああああああぁああああああああ」
 泣きじゃくるランボを引き剥がそうと試みるが離れてくれない。それどころかますます強い力でしがみついてくる。
 あーもーどうしようかなぁってかズボン血まみれの鼻水まみれだよ最悪だなぁとツナが途方に暮れていると、ふと足元のぬくもりがなくなり近くでごそごそと動く気配があった。見てみると、ランボが10年バズーカを取り出しているところだった。引き金の部分に縄を取り付けて、自分で引きながら自分にあたるように。
 けれど今回その標準は微妙にずれていた。
 それはランボに合っているようで、しかしツナにも十分当たるような角度だった。
「ちょっ、待ってランボ!」
 慌てたツナの制止も聞かず、ランボはぐずぐずと泣きながらはバズーカの引き金を引く。ドォンと爆発音がしたと思ったのと同時に、噴き出た煙でツナの視界は真っ白になった。



 煙が消え、視界が開けたため見えてきた状況にツナは叫ぶこともできずに愕然とした。どう考えてもツナが今いる場所は先程までいた自分の部屋ではなかったのだ。奇しくもベッドの上にいるという状況は同じではあるが、家具も小物も壁や天井でさえも、それはツナがよく知るものではなかった。馴れ親しんでいたものよりも、もっとずっと高級な物のような感じがした。
 十年後、に来てしまったんだろう。
 思わずため息を吐きたくなる。けれど。こくりとツナは息を呑む。けれどどうしてもツナは十年後に着いたときからそのままでいる、この状況が納得できなかった。
ななな、なんでなんでなんでどうしてなんで押し倒されちゃってるんですか、オレ…!?
 それも手首をしっかり固定されて。
 必然と見上げる形になってツナは目の前の人物を見つめる。見上げた人物は、突然目の前の人物が変わったのだから当たり前だろう、やはり驚いて目を見開いていた。
 漆黒の瞳とそれと同色の滑らかな髪。すっと目鼻立ちは通っており、街を歩けば思わず誰もが振り返るような容貌をしている。歳はツナと同じくらいかそれより下で、いわゆる美少年だ。しかし、生憎とツナにはそのような知り合いがいなかった。というより、思いつかなかった。誰、誰ッ、誰ッ!?ってか何なの!?黒いスーツを着た少年を見上げながらツナは軽いパニックに陥った。
「……………あの!」
 少しの時間見つめ合った後。それでも、この状況から脱するためにツナは少年に声をかける。
「あ、あの、手…………離してくれません、か?」
 というかむしろ退いてほしいんですケド。とツナはビクビクと震えながら、掴まれたままの両手首と少年の顔を交互に見つめて訴えかける。だが少年は聞こえているだろうにもかかわらずツナの手首を離すこともなく退きもしなかった。ツナを一瞥して、そしてにやりと笑う。
 それに少しツナは既視感を覚えたが、混乱で頭が回らず、まして知らない人に乗り掛かられているという恐怖以外なにものでもない状態のため誰にも結び付けれないでいた。だらだらと冷や汗が流れ落ちる。
「あ、あああああああの……!」
「5分間、だよな。……………………短ぇな」
 ツナの呼び掛けにも応えず、少年は壁に掛かっている時計で時間を確認した後、ちっと舌打ちをする。そしてツナを見つめなおして、何も言わず静かに顔を近付けていった。
「うぇえぇえ!?ちょっ、なッ!?」
 最初は何が起こっているのかわからずきょとんとしていたが、少年の綺麗な顔が近づいてくるにつれツナはその大きな瞳を最大限に見開いた。そしてバタバタと暴れる。だが手首の拘束は外れなかった。同じような体格なのに、それはやはり男と女の力の差なのか、懸命にツナはこの状態から逃れようと暴れるが少年はびくともしなかった。
「い、いやだいやだいやだいやだいやだッ、か、母さん……ッ!」
 求めても無駄だとわかっていながらも、ツナは助けを呼ぶ。そして現実を拒否するかのようにぎゅっと目を瞑る。けれどやはり、状況は変わってなどくれなかった。
「…………ッ……」
 少年は、ツナの鎖骨の上あたりを吸い上げた。じわり、と生理的でもない涙がツナの瞳に浮かぶ。少年がゆっくりと上体を起こすとツナの白い肌には朱い朱い花が咲いていた。その光景を見て、少年は満足そうに口の端を上げた。
「……………いいか?」
 少年は皮肉気に口元を歪めながらツナを見やる。ツナは怯えながら、恐る恐る閉じていた目を開いた。その瞳には今にも溢れだしそうなぐらいに水膜が張られている。
「いいか、ツナ。お前は今も昔もこれからもずっと俺のもんだ。むこう帰ってもよく覚えておくんだな」
 にたりと、少年がツナに笑いかける。ツナには何が何だかわからなかった。
 少年を見つめ続け、そして不意に手に当たった生暖かいものにひっと悲鳴を上げた。 視線をそちらにやると、そこには手のひらには納まりきらないだろうカメレオンが舌をツナの手にビヨンと伸ばしていた。
 白いシーツに緑色のカメレオンはよく映える。レオンが育ったらこんな感じになるんだろうなと思いながらツナはカメレオンを見つめた。
 そこで、はたと気付く。
 ここは十年後で、そもそもカメレオンというものはこうもよくペットとして飼われるものなのだろうか。
 ツナはカメレオンと少年を交互に見やる。
 そういえば、ここが十年後ということは、自分と同じような年頃のこの少年は十年前は1〜3歳というわけで………。
 ツナの顔がさっと青くなる。がばりと少年を見つめて口をぱくぱく開閉させる。
「リッ」
 ツナは少年の正体に気付いて名前を呼ぼうとするが、最後まで言えずぼわんと煙に包まれる。どうやら十年後に着いて5分が経ってしまったらしい。視界が白く包まれる中、ツナが最後に見た少年は意地悪げににやりと笑っているようだった。



 気付けば、ツナは自分の部屋に戻っていた。起き上がって辺りを見回しても、そこには見慣れた物ばかり。それに安堵してツナは、はぁと深いため息をついた。
 久しぶりオレの部屋!会いたかった!!
 両手を組んで、戻ってきたという幸せを噛み締める。そしてもう一度周りを見る。どうやらランボは何処かへ行ってしまったらしい。どこ行ったんだろうなとぐるりと部屋を見渡して、そこでツナはある一点を見つめたまま固まった。
「………なんだ?ツナ」
 ツナを見ながら、いつのまにか武器をすべて片付けていたリボーンがにやりと笑う。それはつい先ほど見た覚えのある笑顔と同種のモノで。ツナは十年後の世界で起こったことを走馬灯のように、尚且つ鮮明に思い出していった。
 あの黒いスーツを着た少年が言った言葉と行なったこと。
 思い出したくもないのに蘇ってくる記憶に、ツナはボンっと赤面し、手を勢い良く首筋に押しあてた。
「りっ…………」
 言葉に詰まりながらリボーンから遠のくように後退りする。
「り、りりりりりり」
「りしか言えねーのか、おまえは」
 呆れられながらリボーンに、りしか言えてないことを指摘される。しかしツナはそんなことを聞ける状態じゃなかった。
 顔は引きつったまま赤くなったり青くなったりと忙しない。
「り、りぼっ、り、り」
 吃りながらも、すうっと大きくツナは息を吸い込む。そして、
「リボーンの、ぶぁか――――――――ッ!!!!」
 トン、とツナの背中が壁についた時。家中にこれでもかと云わんばかりにツナの叫び声が響き渡った。
 くたりとその場に座り込んで、ツナはこれ以上顔が赤くならないよう踏張るのに精一杯だった。