石膏像は見ていた



 石膏像や絵画など、美術品溢れるカフェテリア。物物しい雰囲気を醸し出すそこだけど、でも内実は他のカフェテリアとは変わりはしない。ぽつぽつとお客さんは疎らに座っていて、他人を気にしている素振りはまったく見えなかった。
 ちょうど大きな石膏像の影に隠れて、店員からは結構な死角となる一画。そこのテーブルにリボーンと一緒に付きながら、オレは小さく低く、思わず唸り声をあげてしまった。
「甘っ……!」
 がちゃんといささか乱暴にだけど、カップをソーサーに戻す。中の液体はそれでも零れることもなく、カップの中でゆらゆらとその表面を揺らしている。つい今し方、綺麗なイタリアーナによって運ばれてきたその飲み物は、オレを撃沈させるのに十分な威力を持っていた。ぷるぷると自然と手が震えてくる。
「な、何これ!?甘っ!…いや、甘いっていうよりむしろ痛い!?」
 一応虫歯なんか全然ないのに、何だか歯が痛くなってきそうだ。何なんだろうかこの甘さッ。むしろ甘すぎて甘すぎて、甘いかどうかもわかんなくなってくる。
 オレはじっとカップを凝視したあと、それを目の前でエスプレッソを飲んでるリボーンに見せ付けた。焦茶を基調とした水分がカップを傾けた所為でとろりと揺らぐ。甘いとさっきからオレが何回も言っているように、香りからもそれが伝わってくる。
 オレがこのカフェに来て頼んだものは、コーヒーなんかの類じゃなくて、今まで飲んだことがなかったチョコラテというものだった。
 チョコラテ。チョコ・ラ・テ。チョコレート牛乳。
 普段飲みもしないそれを行きつけのこのカフェで頼んでみて、今、オレはめちゃくちゃ後悔していた。
 かなり、甘い。オレにとっては、このチョコラテは甘すぎるっ。
 リボーンは見せ付けたカップの中身とオレを交互に見つめてから、はぁと1つため息を吐いた。
「ぎゃーぎゃー騒ぐな。みっともねぇ」
「いや、だって!マジ甘いんだって。むしろ原液の域ッ!ラテの部分が全然感じらんないよコレっ?」
 実際、このチョコラテが運ばれてきてからちょびちょびと少しづつ飲んではいるんだけど、どうしてもチョコの原液を飲んでいるようにしか思えなかった。
 牛乳が圧倒的に足りてない、っていうか入ってるかどうかもわかんない。
 頭が痛くなるほど甘いものは、もしかしたら初めて口にしたかもしれない。ザッツ脳天直撃の甘さ。比較的甘いものは好きなほうなんだけど、これはきっつい。きっと甘いものが大好きなハルでもこれはさすがにダメだろう。
 さすがイタリア、さすが外国といったところか、甘さの限度が並みじゃない。ああホントにまったく、日本のチョコラテを見習ってほしいよ。
 オレはソーサーに置きっぱなしにしてたスプーンでチョコラテを混ぜてみる。混ぜたら甘くなくなるかななんて馬鹿なことを考えて、でもやっぱりそんなことはありえなかった。行儀悪いけどそのスプーンを舐めてみて、自分でもうげっと顔をしかめたのがわかった。
「だから普段通りカプチーノにすりゃあよかったじゃねーか」
「……だって、ここのチョコラテ飲んでみたかったんだよ」
 オレの様子を見ながらますます呆れ入っているリボーンの言葉に、オレはくっと口を尖らせた。だけどリボーンの言っている通りだったりするかもしれない。
 オレはこのカフェのカプチーノをすっごく気に入ってた。
 たっぷりとスチームミルクがコーヒーの中に入ってて、表面にはチョコレートでデコレートしているそれ。他のバールのとは少し違うこの店のカプチーノ。
 リボーンと一緒にこのカフェにくるたびに、オレは嬉々としてそれを頼んでた。
 ある意味盲信的に、オレはこのカフェが好きだったんだ。たとえ内装が石膏像とか美術品に溢れててちょっと怖いなって思っていても、でも、ここの味は大好きだったんだ。
 だから今回はぱっとメニューの欄で目にとまったチョコラテを頼んでみた。
 のに、結果は惨敗。
 冷たいんじゃなくてあったかいのに歯にしみるこの甘さに、オレは完全に打ちのめされた。
「あ――――……、甘っ……絶対糖尿病になるよコレ……」
 全部飲んだらどれだけ糖分をとることになるんだろうか。考えるのも恐ろしい。でも、オレは再びカップの中身を凝視してから、もう一口それに口をつけた。
 だって、せっかく頼んだのにもったいないじゃないか。それにここまで飲むのに苦労すると、こうなりゃ意地でも飲んでやるという妙な対抗意識が湧いて出てくるってもんだ。
 ちびちびとチョコラテを飲んでいく。あ―――、甘い。口の中に広がる甘ったるい味にすでに胸焼けを起こしそうだ。
 オレの意識は当然チョコラテに向けられている。
 だから不幸にも、オレはリボーンがオレの顔をじぃと見てきていて、それでにたりと笑ったなんて全然気付かなかったんだ。
「ツナ」
「ん?」
 名前を呼ばれて顔を上げる。その瞬間に襟を掴まれてぐいっと引っ張られて、えっと疑問に思ったときにはすでに遅かった。唇に、生暖かい感触が感じられた。
「…へっ…?…ん…んん――――っ!?」
 突然のことで、オレの頭ん中は真っ白になる。その隙をつかれて、舌が割って入れられて僅かに唇を開かされた。途端、どろりと液体が口の中に流れ込んでくる。な、何これ!反射的にオレはそれを飲み込まないようにする。だけど、相手に舌を絡めとられて押さえ込まれて、難なく液体はオレの喉の奥へと流し込まれてしまった。
「……ん…ふっ………ちょっ!」
 何かを飲み込まされてしばらくして唇が放されたあと、げほげほとオレはむせこんだ。お、オレ何飲まされたの!?いやむしろ公共の場で何してくれちゃってるのこいつッ!?
「お、おまっ…何すんっ……!?」
 頭ん中がぐるんぐるんする。いきなり何なのこいつ何なのこいつ何なのこいつッ!
顔がひどくあっつい。赤くなってることは確実だろう。ぎりりとリボーンを睨み付けるけど、効果はなし。あっさりとオレの視線は受け流されて、逆に見つめられてうっと怯んでしまった。
 そんなオレの反応を楽しんでるようにリボーンは笑う。そしてにやりと口の端を上げて、オレの目の前にあるチョコラテを指差してきた。
「な、何っ?」
「中和、されたか?」
「は………!?」
 意味がわからない。中和って何!?訝しんだ視線を投げ掛けるけど、リボーンはにやにやと笑うばかり。
 いったい何なのかもう一度聞こうとして、そこでやっとオレは自分の吐く息が苦ったらしいのを感じた。口の中も妙に渋い。
 この味を、オレは知っている。昔はともかく今でさえ飲めなくて、散々リボーンに馬鹿にされてきたあの味だ。
「つーかマジに甘ぇな、それ」
 そう言ってリボーンは見せつけるように自分の下唇を舌で拭ってから、オレが今だに飲めやしないエスプレッソに口をつけた。
 つまりリボーンは、チョコラテに甘い甘いと文句を言っているオレに口直しのためにエスプレッソを飲ませてくれたのだろう。
 こ、こんなところでっ、あんな方法でッ!
 真っ昼間のカフェの中。疎らだとはいえ人がいるこの状況下で。なんってことしてくれちゃってんだこのガキはッ!
 思い出して、みるみる顔がまた赤くなっていく。
「あ、あああああアホかおまえは―――――――っ!?」
 がたっと椅子ごと後ろにずれる。リボーンは楽しそうにオレを観察していた。
 幸いにも、周囲の人たちはオレたちのことなんか気にもしてない。ぎゃあぎゃあとリボーンに文句を言い付けるオレと、それを適当にあしらっていくリボーン。
 そんなオレたちを、ただただ周りの美術品だけが静かにそっと見守っていた。