走り疲れたら戻っておいで、きっと待ってるから



 ぽかぽかとした陽気が窓辺から差し込むそんな時は、のんびりとお茶を飲むのに最高な空間が作り出される。光溢れる部屋の中でツナはにっこにっこと満開に微笑みながら、優雅に紅茶を啜っていた。
 何せ今目の前にいるのはいつも自身の周りにいる、申し訳ないが暑苦しいと思ってしまう昔なじみの連中ではない。ツナの目の前で彼女と同じように微笑みながら紅茶に口をつけているのは、ツナがボンゴレのボスの座を継いでからすっかり隠居生活を謳歌している元ボンゴレ当主なのである。
 ツナがこうして彼とお茶をすることはよくある。そしてそのことは彼女にとってとても楽しみなことの1つだった。
 彼の温和な物腰と雰囲気は、ツナに癒しを与えていた。10代目を就任して以来、毎日毎日執務に追われ幹部たちのちょっとした頭を抱えたくなるような馬鹿げた騒動に悩まされ続けてきた彼女にとっては、9代目とのティータイムは最高の息抜きになっていたのである。何といっても9代目と一緒にいるという手前、いくら幹部連中といえどもやすやすと部屋自体に近づいてこないし、またそうでなくとも少なくとも馬鹿な行動は起こさない。誰にも邪魔されずにのんびり出来るのである。
 それに彼と話をすること自体も面白いのだ。ボスとして教えられることはまだまだたくさんあり、また普通の世間話もたいへん興味深い。
 にこにこと笑顔が絶えない部屋。9代目が目尻に皺を寄せながら微笑むと、ツナもつられて微笑んでしまう。彼女はこのような時間が好きだった。
 ただし9代目があるフレーズを言わなければ。

「ツナちゃんはまだ結婚する気は無いのかい?」
 お茶を5回すれば必ず1回は聞いてくる彼のその質問にツナはあーーと動きを止めた後あははと曖昧な笑いを浮かべた。
 何故彼がそのような質問を繰り返すのかというと、彼曰く普通のじいさんと同じようにはやく孫が欲しいらしい。
 だったらそういうことは彼の子供でもなんでもない自分にではなく正真正銘の彼の息子に頼めばいいのではないかとツナは何度目かの質問のあと申し出てみたのだが、彼の「ならツナちゃんはあいつが“結婚する”というのが想像できるかい?」というため息と一緒に吐き出された言葉に妙に納得してしまい、あとは何とも言えなくなってしまった。
 確かに、彼の息子と“結婚”という文字はあまりにかけ離れているようにツナは感じた。ザンザスが誰かと結婚して9代目と3世代にわたって幸せ親子計画ーなどという想像は、薄ら寒くて頭に思い描く前に暗転してしまう。
 けれどそれで9代目の幸せ親子計画に対して自分に白羽の矢が立つというのは何だか逃げたしたくなるような事実だ。そもそもイタリアに来て以来いくら実の娘同然に可愛がってもらっているとはいえ何故自分なんぞの子が早く見たいなどというのか、それだけが今のところの9代目の思考のよくわからないところである。
「あはは、残念ながらありませんね」
 苦笑いを零しながらツナは答える。その応答は方便でも皮肉でもなんでもなく悲しきかな事実だ。
「そうか、残念だのぅ」
 彼は心底残念そうにほぅと息をつく。そして何気なく部屋の扉の方を見て、はぁとため息をつきながら紅茶を口に含んだ。そんな彼の様子を見るたびにツナは若干悪いなとは思うのだが、こればっかりは神の采配を持つと謳われていた9代目の一存においてもどうにもならない話である。またどうにかなったとしてもそれはそれでツナはたいへん困る。
 そんなことを分かっているのか、彼は質問はするがそれ以上のことをツナに口出ししなかったしまた無理やり縁談を持ってきてまとめようとすることは無かった。古株のファミリーに跡継ぎ問題のことをさされあわや結婚させられそうになったときも彼自身の一喝で事態が収まった場合もある。
 勝手に彼女をボス候補にした昔ならいざ知らず彼はツナが心底嫌がることはしないようだった。彼の好感度がなかなか下がらないのはこのようなことも相まっているような気がする。
 のんびりと時間は過ぎていく。
 2人の話は尽きない。にこにこと他意の無い笑顔の応酬はひどく心を安らげてくれる。そして淹れた紅茶がカップから無くなってだいぶ経ったあと。
「そろそろ、自室に戻りますね」
「では、また一緒にお茶を飲むのを楽しみにしとるよ」
「ええ」
 ツナは席を立って一礼する。それを9代目は目を細めてにこにこと見つめていた。ツナもつられてにこっと笑った後、部屋のノブに手をかけて外へと出て行った。
 癒しの時間が終わってしまった。扉に凭れ掛かりながらはぁーとツナは息を吐く。今度はどんな問題が自分を待っているのか。それを考えると頭ががんがんと痛くなりそうだった。けれどいつまでもここにいるわけには行かない。よしっと腕に力を入れながら気合を入れなおす。そしてツナはいつもよりは若干軽い足取りで廊下を歩いていった。





(何だかお題/squeezed orange