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「暑っ」
ツナは呻いた。力尽きるように心の底から呻いた。だってそりゃあもう、呻くしかなかったのだ。真っ青な空に真っ白と輝く太陽の光が、窓から燦々と降り注いでいる。レースのカーテンが引かれていようが引かれていまいが関係ない。太陽からのとびっきりの熱視線が、部屋中に満たされていた。
そりゃあ今は夏だ。春でも秋でも冬でもない、まごうことなき夏だ。葉が青々と生い茂りレモンが大いに実り、空は突き抜けるような青色をして地上を見下ろしている。きっと今頃ビーチにはたくさんの人がごった返しているのだろう。暑い時期に触れる波はひんやりと素肌に馴染んできて心地よいことこの上ない。ツナは涼やかな風が流れる青く碧く光る海を想像して、そして長く長くため息を吐いた。
「暑い………」
またしても唸る。やっぱり唸るしかないのだった。
むんむんむんむん蒸し暑い熱気が、部屋中に漂っている。じっとりした汗が肌にまとわりついて、気持ち悪いったらありゃしない。ツナは団扇の代わりとばかりにぱたぱたと手で顔を仰いでみた。が、涼むには全く効果はなく、ただ生ぬるい風がそよそよと頼りなく顔面に当たるだけだった。
「あーもーほんっとッ………やだ」
「ボス…………大丈夫?」
力尽きるような、独り言めいた嘆きがツナの口を通してあとからあとから突いて出てくる。それほどまでに、暑くって仕方がないのだ。
零れ落ち続ける文句の言葉。だが、誰にも届かないと思っていたその声は、そうではなかった。心配するような、思いやりを持った声音がツナの耳にそっと届いた。
「ドクロ………」
「つらいけど、明日まで我慢して?明日になったら、クーラーも治るはずだから」
そう言って、髑髏はことりと小首を傾げた。暑さでうなだれている主人を元気づけようと、眼帯に隠されていない方の瞳には励ましの色合いが出ている。
その心遣いは、とても嬉しいものだ。弱っている時に優しい言葉を掛けられると、人は何だかコロッとほだされてしまうものである。だが、今のツナにそんな余裕はなかった。背中を照りつけてくるギラッギラした太陽の光と、部屋中に溢れすぎているあっつい熱気。それに気圧されて、大丈夫だよと返事をしたい心はしおしおと枯れてしまったのだ。
「クーラーね、クーラー…………………ははっ」
うっかり乾いた笑いが出てしまう。そしてツナはそのままばたんと目の前の机に倒れこんだ。
「こんな真夏にクーラー壊れるなんて、ほんっとありえないよ…………」
「ボス………」
あーだのうーだの呟いて、ツナは状況のありえさな具合と己の不運を嘆きまくった。
日頃の過酷な行使についにストライキを起こしたのか。午前中から邸内のクーラーの機嫌がすこぶる悪い。それもただのすこぶる悪いじゃなく、午後に差し掛かる頃にご機嫌斜めなクーラー様方はものの見事にクラッシュあそばれた。
これにはツナも大層参った。蒸し暑い日本で生まれ育って比較的暑さに強いとはいえ、クーラーなしではまた話は違ってくる。
「あー、氷の固まりを抱き締めたい北極に行きたい南極に行きたいペンギンと戯れたい」
要は涼しいところに行きたい。ツナは現実には不可能なことを次々と言っていった。リパリ島に行きたい海に行きたい波に足をつけたいちゃぷちゃぷしたい。実際、ボンゴレ所有のビーチ以外に遊びに行くことは、あからさまに狙ってくれと言っているようなものである。だからこの言葉の8割は冗談。そのため髑髏もどんどん出てくるツナの戯言に何も言うことはなかった。ただ、ちょっぴり困ったような表情をツナに向けてくるだけである。
だが、ツナの言葉のもう2割は本気だった。何が何でもこの灼熱地獄から脱したい。ツナは机に突っ伏しながらその方法を考えた。しかし、やっぱりどう考えても現実にはどれも不可能だろう。はーぁ、とツナはため息を吐いた。そして渋々ながらゆっくりを顔を上げていった。
「ねぇ、ドクロ」
「何?」
「……………暑くないの?」
顔を上げた先にいた髑髏は、熱帯地獄にいるとは思えないほどピンシャンしてた。汗だくのツナとは正反対に、顔には汗1つ滲んでおらず、暑さなんて感じていないようにしゃっきりと立っていた。
「もちろん暑いわ」
何を当たり前のことを聞くのだろう、と髑髏のその瞳は物語っている。
ツナは瞬間、嘘だーと零しそうになったが髑髏が嘘を吐くとは到底思えず、驚愕の声は喉奥に飲み込んだ。
「ホントに?」
「本当よ?」
再度確認してみるも、無垢な瞳はまごうことなき肯定を映し出していた。
いいなー、とツナは漠然と思った。汗1つかいていなかったり苦痛を表に出していなかったり、髑髏の姿は涼やかな印象を周りに与えている。爽やかなその立ち姿を、ツナは少し羨ましく思った。
ぴんと背筋を伸ばし暑さを感じさせないように髑髏はツナの傍に立っている。だが、実際彼女は、その程度はわからないが「暑い」と言っているのだ。確かに、真夏の閉じきった、クーラーも壊れた室内にいれば誰だって暑いと感じるだろう。
そこで、ふと、立ち上る疑問。ぼんやりと浮かんできた疑問をツナは明け透けもなく髑髏にぶつけてみた。
「んじゃあさ。ドクロはどっか行きたいなーとか思わない?」
「行きたい?」
「そう、カプリ島とか南ドイツとか」
とにかく涼しいとこ、とツナは付け加えた。
こう屋敷中暑けりゃ誰だってどこか別の涼しいところに逃げ込みたい。現にちょっと前までツナは、やれリパリ島に行きたいとか、やれ海に行きたいとか、うんうん呪文のように唸っていた。
暑さなんて平気そうな目の前にいる彼女はなんて返事を返してくれるのだろう。ツナは髑髏の答えを、その辺にあった書類をまいっかーと扇子代わりに使いながら待った。
「そうね……」
「うん」
「……………えーと」
顎に手を付けながら、髑髏は考え込んでいる。
やはり観光地と名高いエオリエ諸島か、それともあまり外出しないイメージのある彼女のことだから近場のビーチなどを選ぶのか。髑髏はどんな場所を選ぶのだろうかと、ツナは人知れず、ちょっとだけわくわくした。
「……………バ……ル」
「へっ?」
だが、熟考の末に吐息に乗せられた言葉はツナに何とも間の抜けた声を上げさせた。彼女は上手く聞き取れなかっただけでなく、拾い集めた単語に驚きを隠せなかったのだ。ツナは不思議そうに髑髏を見やる。
「バールがいい」
にこりとはにかんだ笑顔で、髑髏はもう一度言った。
何だってバールなのか。ツナは怪訝そうに眉をひそめる。だがその眉間の皺は、続いて紡がれた髑髏の言葉にゆるゆると解けていった。ついでに、ツナの遠出への憧れもどこかにポーンと追いやられてしまった。
残されたのは、ツナの邸内脱走への確固たる決意。確認しなければならない大量の書類を残して、どうやって髑髏をつれてそこまで辿り着こうかと。オーバーヒート中だった頭を立て直して、すばやくツナは算段を立てていった。
「バールに行って、生クリームがかかったイチゴのグラニータが食べたいわ」
「あっ、いいな!オレもそれがいいや」
炎 天 夏
(何だかお題/squeezed orange)
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