バレンタイン行進曲 3



「こ、こんなもんで大丈夫かなっ?」
 チョコレートを刻み終わり、ふーっと一息ついて、ツナは包丁をまな板の上に置いて額の汗を手の甲で拭おうとする。トントントンという音ではなくて、むしろガツンゴツンガツンガッツンという音色が響く台所。そこで、ツナ達は買い物から帰ってきてすぐにトリュフ作りを開始した。
 まず京子が焦がさないように生クリームを沸騰直前まであたため、その間にツナとハルがチョコレートを細かく切ることになった。
 製菓用チョコレートは、普段ツナが食べている板チョコとは違い、分厚く硬く、包丁を使ってでも切り刻むのには体力が要る。自分の担当分のチョコレートをすべて細かくする頃には、ツナは腕がだるくなり、50メートル走を走った時のような疲れが彼女を襲った。
「ハルも終わりましたー」
 ツナの隣でチョコレートを刻んでいたハルもすべて切り終えたらしく、包丁をまな板に置いた。そしてくーっと両腕を上に上げて背伸びをする。ハルの額にもうっすらと汗が滲んでいた。
「わーっ、すごいすごい二人とも!頑張ったね!」
 コンロに置いた生クリーム入りの鍋を木べらで混ぜながら、京子が細かく切り刻まれたチョコレートを見て感嘆の声を上げる。ツナは苦笑して「ちょっと疲れたけどね…」と答えた。
「チョコの方は用意できましたけど、生クリームはどうですか?」
 包丁で切ったチョコレートをまな板の真ん中に集めながら、ハルが京子に問い掛ける。京子はもう一度木べらでぐるりと鍋をかき回す。そして混ぜたことにより殊更上がった湯気が顔にかかってしまい、けほりと少し咳き込んだ。
「うん。もうチョコ入れても大丈夫みたい」
 ハルの方を向いて答える。ハルとツナはそれじゃあとまな板を持って鍋に近づいた。
「じゃあ入れちゃいますね、チョコ」
「うん」
 言って、京子は木べらの両面に付いている生クリームを鍋の淵で落としてから木べらを鍋から離した。何も邪魔をするものが無い状態で、ハルはまな板を斜めにして包丁で綺麗にチョコレートを鍋の中に落としていく。
 ぽちゃり。ぽとん。
 生クリームに浸かったチョコレートは、初めは何も変わらないものの、時間が経つにつれ徐々にとろとろととろけていく。
 チョコレートをすべて入れ終えると、再度京子は木べらを使って鍋の中をかき混ぜた。
「うわっ、いい匂い」
 ぴくり、とツナの鼻が動く。溶けたことにより一層強くなったチョコレートの香りが台所中を支配した。甘い匂いが鼻を掠める。
 鍋の中はチョコレートと生クリームが混ざりあい、茶褐色と白のマーブルを作り出していた。それを根気強く木べらで混ぜて熱していくと、チョコレートは完全に溶け、艶やかな茶色い液体へと変化した。
「よしっ、こんなものかなっ?」
 鍋をかき混ぜていた手を止めて、京子はコンロの火を消す。そして布巾の上に鍋を置いて、いったん冷ましてから鍋にラップを掛けた。
「あとはこれを冷蔵庫で冷やして、固まったら丸めてココア付けて、それで終わりだねっ!」
 冷蔵庫の空きスペースにラップを掛けた鍋を置く。そして冷蔵庫の扉を閉めたあと、台所にある窓から外を見て「すっかり空が朱くなっちゃったね」と笑った。
 そこでツナははたと気付く。
「あっ、こんな時間までお邪魔しちゃっててごめんね!」
 現在午後5時すぎ。普通の家庭ならそろそろ夕飯の準備をする頃である。それなのにツナ達は自分の家に帰るどころか、京子の家の台所さえ占領している。
「えっ、あ、ううん!今日はお父さんもお母さんも遅くなるって言ってたし、お兄ちゃんも部活でまだまだ帰ってこないから全然だよ」
 むしろ一人じゃ淋しいからいてくれてよかった、と京子はにこにこと笑う。ツナとハルはその笑顔にほっと安堵をおぼえた。そして、トリュフ作りを頑張ろうと決意をまた新たにした。

「それにしても、うまくできるかなー?」
「んー。やっぱりビアンキさんに教えてもらいながら作りたかったですね」
 ツナの少し不安げな言葉に、むぅ、と少しハルは口を尖らせる。
 ツナは猛烈に反対したかったのだが、当初このチョコ作りは、ビアンキと一緒に行おうとしていた。しかしその話を持ちかける前に、彼女は日本でのバレンタインが女性から男性にチョコレートを送るものであると知り、「リボーンの為に最高のチョコを用意しなくちゃ」と早々と何処かに旅立ってしまったのだ。
「でもまぁ、本人がいないんなら仕方ないよね」
 はははっとツナは乾いた笑みを浮かべる。ビアンキがこの場にいたら、間違いなく今作っているトリュフはポイズンクッキングになっていただろう。バレンタイン用のチョコだから自分が自ら食べようとしなければ自身に被害は被らないが、それでもポイズンクッキングを間近で見たくはない。
 どっか行ってくれてありがとうビアンキ!と、よく考えなくてもずいぶんとひどいことをツナは心の中で思った。それと同時に、ビアンキが何処かへと旅立った主たる要因となったリボーンの存在にも珍しく、本当に珍しく感謝した。
「……そういえば」
 チョコレートが冷やし固まるまで、三人が他愛も無い話をしている時に、ぽつりとハルが何かを思い出したように呟く。
「そういえば!ビアンキさんはもちろんリボーンちゃんにチョコをあげるらしいですけど、皆さんは誰に渡すつもりなんですか?」
 嬉々として問われた質問に、京子とツナは顔を見合わせた。
「私は、お父さんとお兄ちゃんかな?ハルちゃんは?」
「ハルですかっ!?ハルも父に渡すつもりです」
「ツナちゃんはどうするの?」
「へっ、オレ!?」
 無論この話のノリで自分も聞かれることはわかってはいたが、話を振られて少しツナは動揺する。
 ツナは京子のように兄弟がいるわけでもなく、また、父は幼い頃に蒸発してしまい父親がいないという環境で育ってきた。
 ダメツナと呼ばれてきた人生の中で特別に近しい異性がいたわけもなく、そもそも異性とは縁遠い生活を送ってきたツナには男友達に義理チョコを渡すという概念がない。 片思いの相手がいたとしてもツナのその後ろ向きな性格からチョコを渡すには至らず、基本的にはバレンタインという行事にツナはほとほと関係なく生きてきた。 今回のチョコ作りは、みんなで一緒に作るのって楽しそうだなーと思って誘いに乗っただけであって、具体的に誰に渡すとかはまったくもって考えていなかった。
「えっと、オレは……」
 頭の中でぐるぐると誰に渡そうか考えだす。ここで、全部自分で食べるつもりと答えるのは少し切ない気がした。
 実際には2・3秒。だが、ツナには何十秒とも思える時間頭を巡らせて、あっ、とツナは思いつく。
「うちのチビ達にあげようかなぁ」
 ランボは……よくわからないが、自分を慕ってくれているフゥ太は確実に喜んでくれるだろう。その様子を想像して、ツナは苦笑する。
「あ、いいですね!」
「うん。絶対喜んでくれるよ!」
 ぱんと手を叩いてハルと京子は賛同する。
 その後15分程経った頃。もう冷えただろうということで冷蔵庫からラップを掛けた鍋を取り出した。ラップを外し、スプーンで溶かしたチョコレートに触れてみると、ぺとぺととしっかりした触感が京子の手に伝わった。そのままスプーン1杯程チョコレートを掬い上げて、手でそれを丸くしていく。ハルとツナも京子に続いて、ころころとチョコレートを丸めていった。トリュフが完成するのは、もうまもなく。