バレンタイン行進曲 4



 少し前にあった角でハルと別れ、街灯の無い真っ暗な道をツナはてくてくと少し早足気味に歩いていく。
 チョコレートを丸めるのに思ったより時間が掛かってしまい、トリュフが出来上がった頃にはすっかり空は闇色に染まっていた。さすがにこんな時間まで京子の家にお邪魔するわけにはいかないだろうということになり、急いでツナ達はトリュフを3等分に分けて自分の家に帰ることにした。その際、しかしツナとハルはトリュフを家に持って帰る容器がなく、京子にタッパを借りることにした。現在、ツナのバッグの中にはそのトリュフが詰められたタッパが入っている。
「ただいまー」
 家に着き、靴を脱ぎながらツナは大きめな声を出しておそらく台所にいるだろう母に帰ってきたことを伝える。
「あら、お帰りなさいツナ。夕飯もう少しで出来るわよ」
 台所から顔を覗かせて奈々が声を掛ける。そして冷蔵庫から何かを取り出して調理台に戻っていった。
「ん、わかった」
 ツナは奈々に返事をして、階段を上がっていく。とりあえずコートとバッグを自分の部屋に置きにいこう。そう思ってパタパタと駆け足で上る。
 自分の部屋のドアノブを回し、ツナは中に入る。そして一先ずバッグをテーブルの横に置き、コートをクローゼットに掛けた。途端、今まであった暖かさを失ったが、暖房が効いているせいかさほど寒くはなかった。
 そういえば、とツナははっとなり、すとんとテーブルの横に座る。バッグを手元に引き寄せ、ごそごそと中を漁ってタッパを取り出した。
 中にトリュフがこれでもかというほど詰まったそれ。
 どこでどう計算を間違えたかはわからないが、ツナ達はトリュフを大量に作りすぎてしまった。3等分してもそれは同じことで、京子に貸してもらった大きめのタッパはトリュフで満杯になった。
 出来上がった時にハルと京子と一緒に味見をしてみて、美味しいと感じたが、それでもこの量には苦笑いを禁じえない。
 まぁうちは大所帯だし、たぶん処理できるだろ、とツナは大雑把に考えていた。
 それより何より暖房が効いているなら早く冷蔵庫に入れなきゃとツナはすっとその場で立ち上がる。その時に、ツナの部屋のドアが開きリボーンが中に入ってきた。
「……何だ、それは?」
 深々と被った帽子の鍔を少しだけ持ち上げ、リボーンはツナの持っているものを怪訝に見やる。とはいっても、常にといっていいぐらい彼は表情が変わらないので、本当に訝しがっているかまではわからない。
「トリュフだよ。ほら、今日京子ちゃんちで作ってくるって言ってたじゃん」
 嬉々として笑って、ツナは話す。
「ほらほら、おいしいそうだろ」
 言いながら、リボーンに近寄り、トリュフが彼によく見えるようにしゃがみこんだ。リボーンはタッパの中を見るとしかし、はっと嘲るように鼻で笑った。
「京子とハルの力がありゃ、どんなダメダメな奴でもまともに出来んだな」
「んなっ!?何げに失礼だぞおまえ!オレだって料理ぐらいちゃんと出来るよ!」
「家庭科の成績1の奴が何言ってやがる」
「なっ、そ、それとこれとは関係ないだろ!?」
「調理実習のとき失敗の連続で教師にしぼられたのはどこのどいつだ?」
「うぐっ」
 リボーンの問い掛けに、ツナは言葉を詰まらせる。確かに、ツナは料理があまり得意ではない。しかし、一応人並み程度には出来ると自負していた。調理実習でのことは、不運が重なり、鍋を焦がしたり、誤って皿を割って他の人に怪我をさせそうになったことで教師から注意を受けたというのが真相なのだが、しかしリボーンが言っている教師にしぼられたということも事実は事実なので、ツナは反論が出来ないでいた。うーっ、と恨めしくリボーンを見る。だがリボーンはそんなツナの視線をあっさりと無視してタッパを見やった。
「ずいぶん作ったな」
「へ?……………あ、あぁ」
 感心の声ともとれるリボーンの言葉に、ツナは一瞬何のことを言われているのかわからなかったが、リボーンの視線の先に気付いて、それがトリュフの事をさしているのだとわかった。
「まぁ、ちょっと作りすぎだよな」
 やっぱり他の人から見てもあからさまに作りすぎなのか、とツナは内心で苦笑する。そして「じゃ、オレこれ冷やしてくるわ」と立ち上がった。
 背がツナの膝と同じぐらいなため、リボーンがツナの視界から消える。
 それ故に、ツナはリボーンが大量のトリュフを見つめながらにたりと笑ったことに気付かなかった。
「おい、ツナ」
「ん、何?」
「おまえそのチョコ明日ファミリーに配れ」
「………………………………………………は?」
 ドアノブに掛けた手をそのままに、ツナはゆっくりとリボーンの方を振り向く。リボーンは相変わらず何を考えているのかわからない表情でツナを見つめていた。
「何だ聞こえなかったのか?ダメツナがっ。そのトリュフを明日ファミリーの連中に配れっつったんだよ」
「いや、いやいやいや。聞こえたけどっ、聞こえましたけどッ!な、何でオレがそんなことしなくちゃいけないのさ!」
「まぁ、その量じゃボンゴレ全員に配んのは無理だろうから、おまえのファミリーの獄寺と山本、それにファミリー候補の雲雀と了平に配っとけ」
「んなっ、おまえ人の話聞けよッ!」
「どうせおまえのことだからフウ太と格下の牛にしかやらねーつもりだったんだろ?余ったチョコを処理出来てちょうどいいじゃねーか」
「そーゆー問題じゃないだろ!?」
 一方的に話を進めていくリボーンにツナは半ば叫びながら反論する。そんなツナを相手にしないでリボーンは話を続けた。
「いいか、ツナ。マフィアのボスっつーもんはファミリーを愛してなくちゃいけねーんだ。んな時にバレンタインチョコは愛を示すのにうってつけだろーが」
「だからッ、オレはマフィアになる気はないんだってば!」
 それに何故そのためにチョコを渡さねばならないのだろうか。ツナはマフィアになる気なんかさらさらない。マフィア云々を抜かしても、ツナは今まで、義理チョコだろうが何だろうが誰にもバレンタインにチョコを渡したことがない。それなのにいきなり、それも同年代の異性にチョコを配れと言われても、それは無理というものだ。
「つーかやだ!絶対無理っ!」
 むりむりむりむりむりっ!とツナはきゃんきゃんと子犬のように吠える。それも無視して、リボーンはその懐から身体に対してはあまりに割りに合わない銃を取り出す。ズガンと音がしたのとほぼ同時にツナの横を何かが高速で通り過ぎていった。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーな。撃つぞ」
「撃ってから言うなよ!!」
 涙目になりながらツナは抗議する。あぁどうせコイツに意見しても意味ないんだろうなッと思いながらも抗議せずにはいられなかった。だがリボーンは今度はツナの額に銃の照準を合わせて、
「何なら明日も撃ってやってもいいぞ?」
 とにやりと笑った。それが意味することはつまり、死ぬ気弾を撃って死ぬ気でチョコを配らせるということだろう。ツナにとって、それだけは絶対に勘弁願いたかった。両手を前に突き出し、ぶんぶんと首を横に振る。その時に、ちょうど階下から「ツナー、ご飯出来たわよー 」と奈々の声が聞こえてきた。リボーンはそれを聞くと銃を降ろして、てこてこと部屋の外に出ていった。
「まぁ、がんばれよ」
 そう言い残して、階段を下りていく。部屋に置き去りにされたツナはしばらく固まったあと、嘘だろ――――――――――――ッ!?と崩れ落ちた。