本日2月14日はバレンタインデー。
 憧れのあの人はチョコを貰ってくれるだろうか、意中のあの子からチョコを貰えるんだろうか。色々な想いを抱えながら、男女ともにそわそわドキドキと浮き足立つ聖なる日。
 そんな中、ツナは絶頂に頭痛と腹痛に見舞われていた。



バレンタイン行進曲 5



 目が覚めて時計を見ると、朝の7時5分。何でこんな日に限って早く起きちゃってんだろ、とツナはベッドの中でがっくりとうなだれた。
 こんなに学校に行きたくないと思うのは、ツナにとって、もしかしたら初めてかもしれない。ダメツナと呼ばれ続けて学校に行きたくないなぁと思う日もあったけれども、今日ほど強烈にそう思う日はなかった。
 うだうだとシーツに包まりながら、ツナは昨日リボーンに言われたことを思い出す。獄寺君と山本と雲雀さんと京子ちゃんのお兄さんにチョコを渡せなんてさッ何考えてんだよリボーンの奴!!目を瞑ると昨日のことがまざまざと思い返されて、ツナは頭が痛くなってくる。
 たとえそれが義理チョコで、渡す相手がある程度は親しい友人や先輩といえども、ツナにはだいぶ勇気のいる行動である。
 このまま再び眠りにつきたい。むしろ今日一日中ベッドの中で過ごしていたい。キリキリと痛む腹をさすりながらツナはそう強く思った。
 だが、そういうわけにもいかないだろう。あの自己中家庭教師は、ツナが自らチョコを配る気がないのなら死ぬ気弾を撃つと脅してきたのだ。ただの脅しだけならいいのだが、性質が悪いことに彼はツナがチョコを配る素振りを見せなければ本当にツナに死ぬ気弾を撃つだろう。それも楽しそうに。
 下着姿でチョコを渡すという奇行は、何とか避けたい。
 はぁ、とため息をついて、ツナはのろのろと起き上がった。考えても深みに填まるだけだから、とりあえず学校に行く用意をしよう。
 朝の寒さにぶるりと震え上がる身体をさすって、ツナはベッドを抜け出した。
 朝食を食べて歯を磨いて顔を洗って制服に着替えて、ツナは着実に学校へ行く準備をしていく。時間割り通りに教科書とノートを鞄に入れて、そして鞄を持って台所へ行った。
 冷蔵庫から取り出したるは、何処か歪にラッピングされたトリュフ。それを4つ程鞄に詰める。むろん獄寺と山本と雲雀と了平の分だ。
 ツナは昨日リボーンに撃たれそうになったあと台所で最後の足掻きとして、トリュフを渡そうにもラッピングするものがないから無理だよと言った。ところがリボーンが何か言う前に「あら、ツナ。誰かにチョコを渡すの?ラッピングの材料ならあるわよ」と奈々が何処からともなくラッピングの材料を持ってきてツナに手渡してきた。
 これには、ツナもつっこみを忘れ、乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。夕食後、よかったなと宣うリボーンをきっと睨みながらツナは泣く泣く慣れない手つきでトリュフをラッピングしていったのだ。
 嫌なことを思い出してしまって、ツナは再度深いため息を吐いた。
 そしてテーブルに置いてある、綺麗に洗われた京子に借りたタッパを鞄に入れた。

「いってきまー…す」
 頭痛と腹痛に襲われながらも、ツナは玄関にどかりと座り込んで靴を履いていく。いってらっしゃいツナ!と元気のいい奈々の声が聞こえてくるが、返事を返す気にもならない。
 ふらふらと立ち上がってドアを開ける。
 外に出るとあっという間に冷気に包まれ、ツナが無意識に身体を少し縮こまらせていると、
「おはようございます、10代目!」
 と身体を90度に折り曲げている獄寺が目に入った。
「あ……うん。おはよう、獄寺君」
 突然の大声の挨拶に、ツナは若干引き気味になりながらも返事を返す。
 獄寺は、ツナが寝坊して、奈々かリボーンに先に学校に行くよう促されないかぎり、こうして玄関先でツナのことを待っている。
 女子の視線が痛いから何度もツナは止めてと言ったのだが、獄寺はそのたびに、何かあったらどうするんですか!とか暗殺者に狙われる危険性だってあるんですよ!?とツナに真剣に説明をして、待つことを止めなかった。
 マフィアにとことん関わりたくないツナは、狙われるわけないじゃんとは思いつつも、何回言っても家の前で待ち続ける獄寺に根負けして、もう何も口出さないことにした。だから、朝早く家を出るときは獄寺が家の外にいることがわかっているのだが、しかしツナは未だにそれに慣れないでいた。
 はぁ、とツナは本日3度目のため息をつく。友達と学校に行くのは楽しいのだが、女の子達の突き刺さるような視線を考えると居たたまれない気持ちになってくる。
「どうしました、10代目?」
「へ?いや、何でもないよ」
 ため息を吐いていたツナを気遣わしげに見やる獄寺に余計な心配を掛けさせまいと、ツナは手を左右に振った。ここで本当のことを言ってもまた、お一人でのご登校は危ないです!と押し問答が続くことは目に見えている。
 鞄を持ちかえて、じゃ行こうかとツナは獄寺を促そうとする。
その際、いつもより僅かに膨らんだ感触のする鞄が足にあたって、そういえば、とツナは獄寺達にチョコを渡さなければならないことを思い出した。
 獄寺の大げさな挨拶に引いて一瞬忘れていたが、このことこそが朝、今日ツナが学校に行きたくないと思い、ツナを頭痛と腹痛に見舞わせている原因だった。
 思い出した途端、急に恥ずかしさが込み上げてくる。本命などツナにはいないのだから渡すチョコが義理チョコだとわかってはいるものの、それでもツナはバレンタインに異性にチョコをあげたことがない。どうチョコを渡していいかもわからなかった。
「10代目?」
「な、何でもない、何でもないから!」
 手を振ったあと俯いてしまったツナを、獄寺は怪訝そうに見る。それに気付いたツナは大丈夫だからと獄寺をがばっと見上げた。
 そのとき獄寺とばっちり目が合ってしまって、思わず顔を逸らしてしまう。
 やばっ、変に思われたかなッ!?とちらりと獄寺を見ると、何故か獄寺も目を逸らしたようで、ツナは疑問に思うのと同時に、変に思われてはいないだろうことに少し安堵した。
「あの、じゃ、行きましょうか」
 何処かぎこちないながらも、獄寺が告げる。ツナはそうだねと言いながら道路に足を踏みだした。
 広い道路には人っこひとりいない。もう少し歩けば他の並中生に出会うのだろうが、このあたりには誰も歩いていなかった。
「あっ!獄寺君ちょっと待って!」
「はい?」
 急に呼び止められて、獄寺はツナの方を振り向く。ツナはごそごそと自分の鞄を漁っていた。
 学校に着いてしまえば他の女子の視線もあるし、チョコを渡せなくなるかもしれない。けれど今なら誰もいないし、だから人に見られていないということで恥ずかしさもある程度はなくなる。チョコを渡すなら、今が絶好のチャンスである。
 鞄の中にラッピングされたトリュフを見つけてツナはそれを取り出す。そして獄寺の前に差し出した。
「はい、獄寺君!………いや、あの、ぎ、義理!なんだ、け……ど」
 獄寺から目を逸らしながらツナはぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
 うわっ、無駄にドキドキするよこれ!とツナは自分の心臓が爆発するのかと思った。だが獄寺は一向に反応を示さない。
 それを不安に思って、ツナがそろりと見上げてみると、獄寺はチョコを目にしたまま完全に石化していた。
「んなっ!?ちょっ、獄寺君!?」
 ツナは驚いて、獄寺の顔の前で手を振ってみる。しかし反応はない。
「ご、獄寺君!?ちょっ、しっかりしてッ!」
 そんな石化する程チョコが嫌だったのかッ!?と思いながらも、ツナは懸命に獄寺の顔の前で手を振り続けた。
 ややあって、獄寺が正気を取り戻すと、ふぅとツナは安堵のため息を吐いた。
「あ、大丈夫?……つーか、どしたの?」
「いえ、あの、………貰えるとは思ってもみなかったんで」
 呆然としながら、獄寺はツナが持ったままのチョコを見つめる。
 そして、がばりとツナの手ごと握り締めた。
「ありがとうございます!10代目ッ!!」
「ふぇっ!?」
「10代目から頂いたこのチョコは大切にとっておいて、毎日拝ませて頂きます」
「い、いや、そんなことしなくていいからッ!腐っちゃうからッ!」
「いえ、せっかく10代目に頂いたんです!むしろ神棚に納めなければ」
「君んち神棚あるの――――――ッ!?」
 思わずツナはつっこみを入れてしまう。
 そして何気なく下を向いて、ギャッと小さな奇声を上げてから赤面した。
 獄寺はまだツナの手を握ったままだった。
「あ、あの、獄寺君……」
「はい!何でしょう?」
「いや、あの、手、離してもらえるかな?」
「へ?」
 ツナの言葉に、獄寺は自分の手を見て、そしてばっと離した。
 その顔は真っ赤になっていて、手を握っていたのに今気付いたようだ。
「す、すみません!」
「いや、うん、全然……」
 急いで謝る獄寺に、歯切れ悪くツナは否定して、はははっと笑った。
 そしてこほんと咳をしてから、再びラッピングされたトリュフを獄寺の前に差し出す。
「はい、獄寺君」
「あ、ありがとうございます!」
 朝の挨拶と同じように身体を90度に折り曲げて礼を言う獄寺に、大げさだよ!と言いながらツナはチョコを渡す。
 獄寺は今度はちゃんと受け取り、にかりと本当に嬉しそうに笑った。
 それを見て、さっき石化しちゃったからそんなにオレからチョコ貰うの嫌なのかなと思ったけど、喜んでくれたみたいだよね?とツナはほっと安堵する。そして内心で、一人目クリア!とガッツポーズをとった。

 チョコを渡すまでに予想外に時間をくってしまったらしい。
 獄寺が携帯で時間を確認すると、すでに8時を回っていた。
 せっかく早く起きたのに遅刻はしたくない。
 ツナと獄寺は走って、学校へと向かっていった。