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バレンタイン行進曲 6
ツナと獄寺が学校に着いたのは、朝のHRの約10分前だった。
下駄箱に着くと、ツナは何度か深呼吸をして、走ったために少し乱れた呼吸を整えていった。もっとも、走ったといってもそれはほんの数百メートルでしかなく、たいした距離ではなかった。だが、運動が苦手で、持久力がまったくないツナにとってはそれだけで十分に息を切らせるのに値していた。
朝から疲れたぁとぐったりしながら、ツナは上履きへと靴を履きかえる。そして、獄寺と共に教室へと向かった。
他愛もない話をしながら、二人は歩みを進める。その際に周りを歩く女子の視線が、いつもより強く禍々しく感じられて、ツナは一瞬びくっと身体を震わせた。
そろりと、恐る恐る辺りを見回してみると、何やら思いっきりツナを睨んだ視線とぶつかった。
本日は女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日でもあるバレンタインである。それ故に、自分の好きな人、或いはチョコを渡したい人が違う相手と一緒にいたら、女の子のその内心は多少複雑であろう。
ツナはただでさえ普段獄寺と近い位置にいるということで獄寺のファン達に目を付けられているのだ。バレンタインともなれば、獄寺のことをよく想っている人達が常よりツナを疎ましく思うのも無理はない。
オレ、やっぱ、邪魔だよ…ね?
ぐさぐさと絶えず刺さりくる視線に、たらりとツナは冷や汗を流す。
居たたまれない。居たたまれなさすぎる。
「あ、あのさ!獄寺君!」
下駄箱から出てすぐ右の、角をちょうど曲がったところで、ツナは獄寺に先に教室に向かおうとすることを伝えようとした。しかし、オレ先に教室行ってるからっ!と紡がれようとしたその言葉は、廊下の反対側から来た少女達の声に掻き消された。
「獄寺くーん!」
大きめな声で名前を呼びながら、獄寺のもとへとばたばたと駆け寄ってくる。その少女達の誰もが可愛くラッピングされた箱を持っており、どうやら獄寺にチョコレートを渡そうとしているらしい。そしてそれに便乗するかのように他の少女達も獄寺のもとへ集まり、彼を囲みだした。
ツナはそんな少女達の行動に驚き、巻き込まれないようにその場から飛び退いて廊下の壁に背中をつけた。そして、うわぁすごいなぁと、その集団を遠巻きに見ながら、率直にそう思った。周りにいる少女達からチョコレートを差し出されながらも受け取らないどころか、うるせーてめーらどっか行けッと暴言を吐く獄寺もある意味すごいが、その獄寺に負けじとどんなキツイ言葉を言われても食い下がらない少女達には尊敬の念すら感じる。情報通の黒川花曰く、獄寺のファンは獄寺の容姿とその素直じゃない性格がいいのだというのだが、ツナには到底理解できなかった。
頑なにチョコを受け取らない獄寺に、そういえば何でオレのチョコは受け取ってくれたんだろ、とツナは不思議に思った。だが、きっといつもの右腕が云々とかいう理由が関係してるんだろうなーと深く考えずに自己解決し、チョコを受け取ってもらえなければ死ぬ気弾が待っている今日だけはその理由を有り難く感じた。
時間が経つにつれ、獄寺を囲む少女達の輪が大きくなっていく。ツナはそれを見ながら、悩んでいた。この場に自分がいても仕方がないので、先に教室に行っていると獄寺に伝えようと思ったのだが、中々話し掛けることが出来ない。いくら何でも、何も声をかけないで教室に行くのはまずいだろう。どうしようかなーと困りながら獄寺を見ると、不意に彼と目があった。獄寺は一瞬ツナを見つめたあと、あわあわと慌てだした。
「す、すみません10代目!今行きます」
「へ?」
少女達の波を掻き分けながら、獄寺がツナのもとへ向かおうとする。少女達は一斉にツナの方を向き、思いっきりツナを睨み付けた。にじり寄ってくるどす黒いオーラに、ツナは怯む。
こ、怖い、怖い、怖いッ!
「いや、ほら、その人達獄寺君に用あるらしいし。獄寺君はここにいなよ」
慌ててツナはこちらに来ようとする獄寺を止めようとする。
「じゃ、オレ、先行ってるから!」
また教室でねと言いながらも、獄寺の返答を待たずしてツナは脱兎のごとくこの場から逃げ出した。鋭い視線がなくなるまで駆けて、そして一息つく。あー何でオレこんな朝から疲れなきゃなんないんだろッと思いながら、教室へと歩きだした。
「…何、この人の数」
教室へと向かい、もうすぐで着くというところでツナはぽつりと呆れたように独りごちた。自分の教室の前に十何人もの女の子達がたむろっているのだ。普段ならまずありえない光景にツナは唖然とした。だが驚いたままでは仕方ないので、何なんだろと気になりながらもそーっと教室に入っていった。
自分の机の中に、教科書とノートを入れていく。全部入れ終わったら、ぐるりと教室中を見回して京子を探す。京子は自分の席で花と話をしていた。
「京子ちゃん、これありがとね」
京子の席まで行って、ツナは鞄からタッパを取り出してそれを彼女に渡した。
「あ、ツナちゃんおはよう。ううん、どういたしまして」
言いながら、京子はツナからタッパを受け取った。
それを見た花が首を傾げる。
「………タッパ?」
「あ、うん。昨日うちでチョコ作ってその時に貸したんだ」
「へぇ」
受け取ったタッパを京子は鞄の中に入れる。そして鞄を机の横にかけて花とツナのいる方に向き直った。
「花はチョコ買ったり作ったりした?」
「あーパスパス。そんなくだらないこと」
「く、くだらないって……そんなあっさり」
嫌そうな顔をしてバレンタインの存在ごと否定する花に、ツナは乾いた笑みを浮かべる。実際のところ、ハルと京子にチョコ作りを誘われなければツナもバレンタインのことをスルーしていただろうが、その辺は棚においておくことにした。
相変わらずだなぁ花はと笑う京子に、何で私がバレンタインに踊らされなきゃならないのよと花は髪をかきあげた。
「まぁ、バレンタインだからって騒いでる奴らもいるけどね」
言って、花は教室の外に視線を向けた。そこには未だ大勢の女の子がたむろっていた。
「あ、そうだ。そういえばあの人達何なの?」
花の視線の先に気付いて、ツナは教室に着いてから思っていた疑問を京子と花に尋ねる。京子と花は顔を見合わせて、そして花が口を開いた。
「何って、そりゃあたぶん出待ちでしょ。出待ち」
「で、出待ち!?」
あっけらかんと言われた答えに、ツナは何それ!?と再度疑問に思った。出待ちといえば一般に、有名人に会いたいがためにその人が出てくるのを建物の外などで待っていることをいう。それが何故こんな一教室の前で起こっているのか。
頭の上にはてなマークを飛ばしているツナに、花はアンタ鈍すぎとため息を吐いた。
「ほら、うちのクラスには無駄にもてる奴らがいるでしょ?まぁ、あんたの取り巻きだけど」
「いや、取り巻きって……」
獄寺君と山本のこと言ってんなら全然取り巻きとか違うからッ!とツナは花の言葉を否定する。しかし、花はまったくそれを気にもとめないで話を続ける。
「そいつらにチョコ渡すために教室の前で奴らが来るまで待ってんのよ。ま、確かにそれが一番渡せる確立高いし」
「へぇー」
花の説明に納得しながら、ツナは教室の外へと視線をやる。すると、何やら外が騒がしくなってることに気付いた。
「あ、山本だ」
目を懲らして開けっ放しのドアの外を観察してみると、ちらっとだけ山本が見えた。その周りには女の子達が輪を作っており、その大きさは先程の獄寺を囲んでいたものとほとんど変わりなかった。
「なんか、バレンタインって感じだよね」
「まったく、何であんなおサルが人気あるのかわかんないわ」
「さ、サルは言い過ぎじゃない!?」
「もー花ったらー」
「ま、私には関係ないからどーでもいいけど」
ひどく無関心な顔をして、花はざっぱりと切り捨てる。それに苦笑しながら、ツナはもう一度教室の外を見た。
山本を囲む少女達の勢いは止まることがない。この時間以外の休み時間にもおそらく彼が大量にチョコを貰うのが容易に想像できるぐらいだ。
思えば、ツナは山本にもチョコを渡さなければならない。しかしこんな状況で彼にチョコを渡すことが、むしろ彼まで辿り着くことが果たして出来るのだろうか。考えれば考えるほど、ツナは腹がキリキリ痛むのを感じた。リボーンの奴めッ!と今頃は家で優雅に過ごしている赤ん坊のことを本気で憎くなってくる。
「沢田?」
「ツナちゃんどうかしたの?」
ドアの方を見たまま段々と青白い顔になっていくツナを花と京子は不信がる。しかし、ツナは何でもないよと大げさに手を左右に振った。
あと3人にチョコを渡さなければならない。
そのことを考えると、ツナはずきずきと痛む頭痛をも止めることが出来なかった。
HR開始の本鈴が鳴り、自分の席に着くとツナは、これからのことを思って盛大にため息を吐いた。
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