見上げれば、反射的に目を瞑ってしまうまばゆく輝く太陽と、それに負けないような極彩色な真っ青な空。周りを見渡せば、幸せそうに腕を組んで歩いている恋人たちや楽しそうにきゃらきゃらと笑って連れ立って歩いている親子連れ。
 場内の、おそらく中心辺りで、ツナは周りの空気とは程遠い、胃がキリキリした思いを味わいながら、冷や汗を垂れ流して、じ――――――っとパンフレットを見つめていた。



マフィアランドに行きました。(ザンザスさんと一緒編)




(……………どーしよ)
 マフィアランド内の地図やアトラクションの詳細が載った地図を眺めながら、ツナは心底困っていた。二十歳の時にボンゴレ十代目に就任してから、約4年。ここまでツナが困ったことはなかったかもしれない。最近はだいぶ肝が座ってきたと自負しているが、基本的にはトラブルに弱い胃がキリキリキリキリと悲鳴をあげている。原因は明白。すべて隣にいる男の所為だ。
 ツナはパンフレットから視線を外して、隣に立っている男を仰ぎ見る。何者にも有無を言わせぬ力強い瞳に、すらりと通った鼻筋。ぽかぽかとした温和な気候にもかかわらず全身を黒で固めてマントを羽織り、また、一般平均値よりだいぶ上の値を弾き出している彼の高い身長は、傷跡はあるが元来の整った彼の顔立ちや醸し出される雰囲気と相まって、ひどく威圧的な様子を作り出している。
 ボンゴレの暗殺部隊、ヴァリアーを束ねる男。ザンザス。その人は、ツナの隣に立って、彼女と目を合わせることもなく、何処か遠くの方に視線をやっていた。

 そもそもどうしてツナとザンザスの2人が、彼らだけでマフィアランドにいるのか。それはひどく簡単な問いである。単純に、ツナがザンザスを誘ったからだ。
 約10年前。ツナとザンザスがボンゴレボスの座を賭けて戦い、ツナ側が勝利をおさめてから、ザンザスは思いのほかあっさり素直に負けを認め、ヴァリアーの立場から彼女に付き従うことを約束した。実際、ツナがボスに就任したあとも彼はよく働いてくれた。
 だが、やはり過去の出来事はしこりとして残るのだろう。ヴァリアーとの、特にザンザスとの関係は悪いとは言えないが、逆に良いとも言えなかった。
 このような状況に、ツナはどことない居心地の悪さを感じていた。故になんとかそれを解消するために、わざわざ彼の休暇の日に休暇を取って、こうして彼をマフィアランドに誘ってみたのだ。
 が、その結果は見事に玉砕。
 大体、コミュニケーションもまともに取っていない相手とテーマパークに行くこと自体が間違っていたのだ。マフィアランドに着いてから、否、マフィアランド行きの船の中から、2人の間には気まずい沈黙が落ちていた。
(あ――――…、ホント。どーしよ……)
 何度かツナはザンザスに話し掛けたりとコミュニケーションを取ろうと試みてみたものの、悉く失敗に終わっている。マフィアランドに来てから、より島の奥へと促そうとつい彼の手をとったときは、こちらが驚くほどびくりとびくつかれて、思わず手を引っ込めてしまったほどだ。あーオレってホントに嫌われてんのなー、とツナは若干のショックを受けつつも、その事実を受けとめた。
 それでも、ザンザスがまだこうしてツナの誘いに乗ったままだというのは、一体どういうことなのだろうか。彼の性格上、くだらないと吐き捨てて、ツナを置いてさっさと帰ってしまうのが普通だろう。
「あ、の……次、どこ行きましょうか…?」
「…………おまえの好きな所に行けばいい」
 それなのに、どうしてまだザンザスはツナの隣にいるのか。ツナはパンフレットを見るのをやめて、ちらりと隣に視線をやる。ザンザスは相変わらずその眉間に皺を寄せていて、かなり不機嫌そうにツナには見えた。はぁーと心の中でため息を吐いて、パンフレットをぱたりと閉じる。
「もう、帰りましょうか」
 我ながら懸命な判断だと、ツナは思う。これ以上マフィアランドにいてもいい方向への進展は何ら望めないだろうし、むしろ溝が一気に深まりそうだ。
「すいませんオレの我儘に無理矢理付き合わせちゃって。オレなんかと来ても楽しくなかったですよね?……あっ、今ならまだ昼過ぎに屋敷に帰れる船に間に合いますから、急ぎましょう?」
 言って、ツナは入場口に駆けていこうとした。
 が、ザンザスは動かない。不思議に思ったツナは、くるりと振り返って小首を傾げた。
「あ、の……?」
「沢田綱吉」
「はっ、はい!」
「いつ俺が楽しくないと言った?」
「………………は?」
 威圧的に高圧的に、憮然とした態度のままにザンザスは逆に問い掛ける。ツナはぱちぱちと目を瞬かせて、彼の顔を見つめ返した。
「いや、だって……!」
 アンタの態度からしてどうしても楽しそうには見えないんですけど――――っ!とツナは思いっきり叫びたかった。だがそれらの言葉は口に出す前に、混乱でぼろぼろと崩れていった。
「………ずっと、眉間に皺寄せてましたし……」
「生まれつきだ」
「………何処行きたいか聞いても、やる気なさそうにオレに任せるし」
「おまえも楽しんだほうがいいだろ?」
「やっ、だって、あなたオレのこと嫌いでしょう?とりあえず手ぇ触っちゃったとき思いっきり避けるぐらいには確実に!」
「それは……」
 次々に上げていく理由に、ザンザスは淡々と答えていく。ツナは頭が痛くなってきた。ただひたすらに、あーとかうーとかでもーとか呟いていると、自嘲気味な笑みを、ザンザスは浮かべた。
「今まで、俺の周りにはおまえのように気軽に話し掛けてきたり手を取ったりする奴がいなかったからな。正直、どう反応していいのかわからなかった」
 そう言って、真摯な目線でツナの瞳を射る。その闇より暗い双眸で見つめられると必然的に死への恐怖を味わうが、今のツナはそんな感情には出会わなかった。
 ただ、本当にザンザスはツナの行動にどう返していいかわからなかったんだなということと、困っていたのはツナだけじゃないということがはっきりと見て取れた。
 ツナは動揺した。ザンザスがそんな考えを持っているなんて、思いもしなかったのだ。
「あー、えっと。まぁそんなときは普段通り、素直に自分の感情を出しちゃえばいいんじゃないでしょう、か……?」
「素直?」
「例えばー、ほら、楽しかったりしたら笑ったりとか。嫌なことだったらきっぱりざっぱり嫌だって言うとか」
 まぁ、いつもの貴方のように言いたいこと言えるって方が珍しいですけど、とツナは後半を何処か遠い目をしながら語る。過去に思いを馳せて、そういえばオレの場合は言えないんじゃなくて言っても聞き入れてもらえないことが多かったな、と泣きたくなった。
 ザンザスはツナの言葉に、僅かばかり、普通の人は気付かないぐらい瞠目する。
「……そんなもんでいいのか?」
「そんなもんですよ」
「そうか」
 だがツナは呆れ返ってる彼を気にもせず、妙に自信を持って堂々と答えた。
 ふっとザンザスの口元が緩む。
「………そうか」
 その笑みはいつもの見る者を凍りつかせる獰猛なものではなくかといって豪快なものでもなく、ただただ普段なら考えられないほどの穏やかなもので、ツナはうっかりザンザスを凝視してしまった。
「どうした?」 「へっ?あっ、いやっ、その………そんなふうに笑うの初めて見たからっ。なんか……ラッキー?なぁんて………」
 あははと苦笑を零しながら、ツナは手を頭の後ろにやる。
 言ってから、ヤバッ怒られる!?と焦ったが、しかしザンザスは怒る気配を見せなかった。
「おまえが喜ぶなら俺はいつでも笑おう」
 それどころかとんでもない発言までされてしまって、ツナの頬はぼんっと音をたてて赤く染まった。顔が如何に怖くてもさすがはイタリア男というところか。
「………ザンザスさん」
「なんだ?」
「………次、何処行きましょうか?」
「おまえの好きな所でいい」
「………そうですか」
 赤くなった顔を見せまいと俯きながらパンフレットをザンザスに突き付けるが、あっさりと先程と同じ答えを返されてしまった。それならば、だったら本当に自分が好きな所に行ってやろうじゃないかッと羞恥故の妙な逆ギレを起こして、ツナはパンフレットを再び凝視した。
 何処にいこうか考えながらも、ちらりと横を見る。ザンザスは常の無表情で、今回はツナの行動を見守っていた。それが嬉しいような、恥ずかしいような。ツナははぁーとため息を吐いて、今度は目的のアトラクションに向かうためにぱたりと見ていたパンフレットを閉じた。