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制服に汚れなし。髪型も乱れてない。これで身だしなみはオッケー。何を女々しいことを気にしているんだと思わないでもないけれど、でも好きな奴の前ではいつだってかっこよくありたいってのが男ってもんだ。
彼女がいる部屋に近づくほどにわずかに高鳴っていく鼓動を感じながら、山本は目の前のドアを勢い良く開けた。
「ツーナ。プリント持ってきたぜ」
職員室のドアよりおよそ5メートル近くの机、そこが彼の目的の場所だ。一応部屋に入る時に失礼しますと言ったのだが、誰も聞いてはいないようだった。訪ねてきていた生徒と談笑したり、喫煙室に籠もっていたり、10分という休み時間の中で教師たちは自由に過ごしていた。もっともこの挨拶は儀礼的なもので、確かに生徒側にしてみれば煩わしくとも言わなくてはならないものではあるが、教師側も一々職員室に入ってきた生徒をチェックしようとしたりはしない。返事がないのは常のことである。だから山本も特に気にすることもなく、堂々と足を踏み入れた。
彼女の近くに来て呼び掛ける。だが、彼女は彼に気付いていないようだった。机の上に広げたノートパソコンを前にして、うーだかあーだか首をひねっている。考え事の最中だろうか。それなら今ここで話し掛けるのは野暮というものである。だが山本がここにいれる制限時間はあと5分程度、正確に言えばあと4分と48秒しかない。ならば彼女に気付いてもらうしかないだろう。
「ツナー、プリント」
山本はひらひらと彼女の目の前でプリントの束を振ってみせる。と、途端に彼女の肩がびくんと震えた。
「へっ、あ、わっ!」
振り返って山本の姿を見とめたツナは、真ん丸に目を見開いていた。
「や、山本!?」
「プリント。頼まれたやつ」
ほら、と手渡せば、慌ててツナは手を伸ばして紙の束を受け取った。自分よりも結構年上であるはずなのに、その姿からはさっぱりそうは見えてこない。彼女が童顔であるということも関係あるのだろう。何せ実際に保護者から学生と間違われることも多々あるほどだ。学生と並んでいても彼女はまったく違和感を感じさせなかった。ぱっちりと開いた彼女の瞳は大きく、綺麗というよりはどちらかというと可愛らしい印象を周りに与えていた。その瞳を細めて、ツナはこてりと首をかしげた。
「わっ。ごめん、ありがと」
「いーっていーって。俺ツナ好きだから、ツナのためだったら何だってやるし」
にかっと笑って山本は何ともなしに告げる。瞬間、彼女はきょとんと目を丸くしたが、すぐにぷっと吹き出して苦笑をもらした。
「なーに言ってんだよ」
「まじまじ。マジだって。ツナ信じてないだろ?」
「当たり前だろ?」
身を乗り出してくる山本を、受け取ったプリントでツナはぴしゃりと軽く叩いた。あたっ、と山本は声を上げたが本当のところはまったく痛くない。反射的に口に出ただけだ。
「マジなのに」
呟いた言葉もまったく相手にはされなかった。はいはいと適当に相槌を打たれて彼女に諫められる。
そうなることは仕方のないことだろう。山本の口振りはあまりに軽いものであるし、どうにも真剣味を感じさせないところがある。それにあくまでツナは教師で山本はその教え子だ。本気にする方がおかしいというものである。
だが、山本本人にしてみればこれは相当に真剣なものであった。年齢や立場なんて関係ない。好きなものは好きであるし、それを気付いてもらうためには伝えることしか方法はないだろう。だから山本は臆面もなく告げるのである。自分が圧倒的に不利な状況にいることはとうに理解していた。少なくともこうして毎日のように顔を会わせている間は、恋愛対象としても見てもらえないのだ。相手を想う立場としては、つらい以外の何物でもない。
だが悲観しても何も始まらないと、山本は思っていた。誰でもない、彼女にそう教えられた。そしてその時以来、こうして彼は口実を見つけては彼女に会いに来ているのである。
「ツナ」
「なに?」
名前を呼んで返事を返してくれるのが単純にうれしい。こう呼ぶようになって最初の頃は、先生と呼びなさいと散々怒られたものである。だが、最近ではもう彼女の方も諦めてしまったらしい。こうして名前で呼んでも、普通に返事をしてくれるようになった。少しだけ、彼女に近づいたような気になっていった。
けれど自分は、願いが1つ叶ったからといってそれで満足するような性格なんかじゃない。
「好き」
「はいはい」
「マジ好き」
「うんうん」
「めちゃくちゃ好き」
屈託なく山本は笑う。その口から出る言葉はまるで暗示のようであった。純粋に真剣に、笑みを持って言葉は紡がれる。
けれど、まるでも何も、これは立派な牽制だった。周りに対しても彼女に対しても、うそ偽りのない言葉を伝える。それでそのうちに刷り込まれた種が花を咲かせればいい。実を実らせればいい。そう、山本は考えていた。我ながら甘い考えだと思わず苦笑が零れてしまう。しかしそれ以外の方法はあいにく臆病者な自分にはできそうもなくて、今日も彼は誤魔化すように笑うのだった。
「あーもー今日は何なのさ?そんなにおだてても何も出ないよ?」
あっもしかして期末のテスト問題狙ってるでしょ、と人差し指を立てるツナに山本はばれたかと舌を出した。本当はそんなこと考えてもいなかったが、今はそれでよかった。
彼女を困らせたくなかった。立場という理由で自分が傷つきたくもなかった。
もとより長期戦は覚悟の上だ。
「そんなこと言ったって教えるわけないじゃん」
「そこは俺を助けると思ってなんとかさー」
「ムリなもんはムーリ」
ちぇっと舌を出すと、再びプリントで軽くこづかれた。
軽口を言える関係が心地よい。どの生徒よりも信頼されているだろううことに優越を覚える。それを打ち壊したいという気持ちもないではないのたが、それでも今はまだその時ではないと思っていた。例えこれからどうなろうとも山本の中で、彼女への暗示が完成するまで想いを伝え続けることは明白でなのであった。
「あー、でも山本がうちのクラスでホントよかったと思うよ。助かった」
ありがとう、とツナは山本が持ってきたプリントに視線をやって再び礼を言った。それに何か彼が返そうとしたのと同時に、休み時間終了の、そして授業開始を知らせるチャイムが学校全体に鳴り響いた。
教室へ戻っていく生徒や次の授業の準備をする教師たちのせいで、がやがやと職員室は騒がしくなっていく。山本もツナに背中を押され、渋々教室へ戻っていった。
「んじゃあさ、ツナ」
「今度はなに?」
途中で彼は振り返る。そして足を止めずに怪訝な表情を示すツナを見とめて、相変わらずの屈託のない笑みを見せた。
「今度デートしようぜー?」
「バカ言ってないで、ほらさっさと戻る!」
幸か不幸か、騒がしい職員室内で彼女以外に山本の言葉を聞いたものはいなかった。にっと笑いながら、山本は早足気味に去っていった。廊下を走るのはいただけないが、あの分だと教室には鐘が鳴り終わるまでについてしまうだろう。元気に駆けていく山本の姿を見つめて、ツナはしょうがない子と苦笑した。
恋の至極は、忍ぶ恋
(とにかくお題/squeezed orange)
標的5のごとく野球ができなくなって絶望して自殺しようとした山本君(14歳)をこれまた標的5のごとく救った(NOT死ぬ気弾)新任教師のツナ先生(23歳)とか。そんな設定で(笑)
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