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ANDANTE
リボーンが家にやってきて以来オレの家にはどんどん居候が増えていった。リボーンは最初に住み込みでと宣言をかましてくれやがりやがったからまぁ当たり前といやぁ当たり前なんだけど、他にもランボやビアンキ、イーピンなんかがいつのまにやらうちに住んじゃったりしている。
母さんと二人で暮らしていたときとは全然違って、毎日家がすごくにぎやか。
実際は賑やかなんて言葉じゃ表わせないくらいうるさくてうるさくて仕方ないんだけど。まぁだけどそれは、オレにとっては実はちょっと嬉しかったりする。
リボーンに無理矢理マフィアのことについて勉強させられたり、ビアンキにポイズンクッキング食べさせられそうになったり、ランボがうざかったり、色々と、ホンッッッッット色々と不満はあるけど、最近は母さんとの二人ッきりの時とはまた違った、何というんだろう、ダンランなんていうものを何とな――くだけど感じるようになった。
家に帰って、みんながわいわい騒がしくやってたりするのを見ると嬉しいだなんて、相当末期なのはわかってる。わかってるんだけど、それを楽しんでいる自分がいることも確かなんだ。
けど、人数が増えたということは二人の時にはなかったちょっとした皺寄せがやってくるというわけで。オレは現在、ものすご―――――く居候達が憎かったりする。
昨日の夜から今朝まで降り続いた雨の所為で、道路にいくつも水溜まりが張っている。
アスファルトで舗装された道はまったく水分を吸収せず、蒸発のみを普段の道に戻す頼りとして水溜まりを出来たときそのままに保っている。そんな最悪な道路状況下。
学校帰りのオレは憂欝気に家への道を歩いていた。
こういう雨が降った直後はいつもとちょっと違う歩き方をしなくちゃいけない。違うといっても、靴が濡れちゃわないように爪先立ちで歩いたり、水溜まりを踏まないようにできるだけ水が少ないその周りを歩いて避けるだけなんだけど。
普段なら軽く、というか無意識にやっている行動。けれどその行動は、今のオレにはすっごい困難なことだった。
「……………重っ」
現在腕の中には四角くて茶色い物体がある。通称段ボール。もちろん中は空なんかじゃなくて、物が詰まっている。その中身が重くて重くて仕方がない。確かに前から重そうだなって思ってたけど、ここまで重いとは思ってもみなかった。腕がだるい。足ががくがくする。ってか絶対これ、女子中学生が持って歩くようなものじゃないよ!
「……絶っ対、超過労働費とってやる……ッ…」
そう決意して、オレはどなた様のかはわからない家の塀に足を押しつけ、段ボールが汚れないようにとその壁と足の間のスペースに段ボールを置く。そのせいでスカートが皺くちゃになってしまうがそんなことは気にしていられない。疲れ切ったオレは、もう何度目かは覚えてもいない休憩に入ることにした。
そもそもオレがこんな重い思いをしなくちゃいけなくなったのは、昨日の夜にあった。
夕食が終わって部屋でのんびりだらんと漫画を読んでると母さんが中に入ってきて、「ねぇツナ。明日学校帰りに水買ってきてくれないかしら」と言ったのだ。
それだけならいい。それだけなら、うん、いいよ。と素直に頷けた。
けれど母さんはその直後「あ、もちろん箱買いでね」と続けたのだ。それも満面の笑みで。
ちょっと母さん、それ学校帰りの娘に頼んだりすることじゃないから。しかも箱買いがもちろんってどういうことッ!?
聞けば、二人で住んでた頃は二日に一回2リットルのペットボトル水を買うだけですべて事足りてたんだけど、人数が増えるとそれではまったく足りなくなってしまったらしい。飲み水だけで相当な量になると仰られる。
だったら別に水道水でいいじゃん!とか何でよりにもよってオレが買いに行かなきゃいけないのさッ!とかいうオレの抗議を思いっきり無視して母さんは「じゃあよろしくね。おつりで好きなもの買っていいわよ」と千円札を置いて部屋から出ていった。
あぁ、昨日のことを思い出せば出すほど腹が立ってくる。特に自分自身に。まぁ、確かに臨時収入につられたオレが悪いんだけど。
段ボール一箱600円としても400円の小遣いになる。それだったらいいかもしれないなぁ。って、そんなことを考えてた昨日の自分を全力でやめるよう説得したい。
だってこの重さ、絶対割りに合わない。反則的な重さだ。
片腕に段ボールを寄りかけて、もう一方の手を離して上下に振る。反対側も同じように。これで疲れがとれるってわけじゃないけど、やらないよりはまだいいなような感じがする。
いつまでも休んでいるわけにはいかないし。というか、こんな休んでる格好もこんなもん運んでる姿も恥ずかしすぎてクラスの人達に見られたくないし。
はぁ、とため息をついた後、オレは段ボールを抱えなおして歩きだした。
っていうか、重い。重い重い重い。考えてみれば、1ccを1グラムとしてペットボトル1本…………………約2キロ?それが箱に6本詰められてるわけだから合計、たぶんおそらく12キ、ロ??
な、何それ何なのありえないッ!
自分の荷物量に気付いた途端ぐらりと身体が揺らぐ。確かに今日は体育がなかったからジャージは持ってきてないけど、教科書とかノートはちゃんと鞄に入っている。だからマシっていえばマシなんだろうけど。いくらなんでもこの量はあんまりだ!
泣きたい気持ちになりながら、けど段ボールを道路に置いとくわけにもいかないし、結局とぼとぼ歩き続ける。腕が抜けそう。ってか単純に疲れた。まだまだ家に着かないのはわかってるけど、それでもあとどれくらいの距離があるか目線を上げて確認する。
自分の家もその近所の家も見えてこない。絶望的な長さ。ついでに5メートルぐらい先にはバカでかい水溜まりが我がもの顔で道路に居座っている。
あぁ、ホントもう。オレが何したっていうんだよ。
段ボールを抱え直しながらゆっくりと近づいていく。水溜まりは歩道とか車道とか関係なく、だだっ広――――く広がっている。塀ぎりぎりまで水が及んでいて、避けて歩くことが今は難しいオレは、靴がびしょぬれになるのが決定だ。これを越えなきゃいけないのか、とため息をつきながらちらりと足元を見る。
そして片足を踏み出そうとした瞬間、バンっと背中に衝撃を受けた。
「よぉ、ツナ!今帰りか?」
「うわぁッ!」
朗らかな声とともに急に背中を叩かれて、うっかり身体のバランスを崩す。衝撃で前かがみになった身体は、段ボールを支えるきることが出来なかった。手から箱が滑り落ちて、重みの所為で猛スピードで落下する。
ばしゃり。
転がり落ちた段ボール箱は見事水溜まりの上に着地し、高々と水飛沫をあげた。
「あ………………。あーーーーーーーーーーッ!!!」
丈夫な出来、されど材質は紙オンリー。
水浸しになった段ボールの惨状は計り知れない。
「わ、わりー、ツナ!」
叫ぶオレに謝りながら、背中を叩いた山本は水溜まりに落ちた段ボールを持ち上げて地面に置く。そして水を被った面を見て、あちゃあと顔をしかめた。
「ホント悪い」
「あ、うん。…………いや!山本は悪くないよ」
本当に申し訳なさそうに謝ってくる山本にオレはぶんぶんと手と頭を振ってその謝罪を否定する。一瞬、肯定しそうになっちゃったけど、確かに山本に叩かれたことが要因ではあるけど、でも段ボールを落としたのも水溜まりの中に入れたのも全部オレの責任だ。
「オレが勝手に落としたんだし。そんな。山本が謝ることじゃないよ」
「けどよ」
「大丈夫だって!山本がすぐ拾ってくれたからたいして段ボール水吸ってないし。それにさ。これ、たぶん落としても平気なものだか、ら」
言いながら、はっとオレは今自分が運んでいたものを再確認する。水だ。それも実質ペットボトル6本。段ボールにもでかでかと商品名が書かれている。さっき箱の片面を見て水浸し具合を確認していたから山本もわかっているだろう。
でもそれは、明らかに女の子が運ぶものじゃない。
山本は急に黙り込んだオレを不思議そうに見てくる。けど、オレにはそんなことを気にしてる余裕なんてない。
み、見られた!こんなものを運んでるところを見られちゃった!
急激に顔が熱くなっていくように感じる。
「だ、だ、だから大丈夫だから!き、気にしないで!」
恥ずかしさで今すぐ消え失せたい。とりあえずこの場から逃げ出したい気持ち一杯でオレは、「それじゃ」と別れの言葉を告げた後、山本の足元にある段ボールを自分の方へと引き寄せようとした。
いまさら無駄かもしれないけど、これ以上山本にオレがどんなものを持っていたかなんて見られたくなかった。
けど、引き寄せようとする前に山本がひょいっと箱を持ち上げてしまった。
「や、山本!?」
驚くオレをみとめて、山本はいつもと同じ爽やかな笑顔を浮かべる。
「家まで持って帰んだろ?持つぜ?」
「えっ!?そんな、悪いからいいよ!」
「遠慮すんなって」
慌てて箱を自分で持とうとしたオレを笑みで制して、山本は軽々と水溜まりを越えていった。オレはちょっとの間どうしていいのかわからずに固まって、けどすぐに山本を追い掛けて横に並んだ。
「ねぇ、山本。やっぱ自分で持つから」
そう、だから返してと山本の顔を覗き込むけど、山本は、
「いいっていいって。遠慮すんなよ」
と言ってオレの家に向かって歩き続ける。その表情は、重いものを持っているとはとても思えなくて、オレはじゃあ持って貰おうかなと少しだけ思ってしまった。
いけない。山本に迷惑を掛けるわけにはいかないだろう。
「水で制服濡れちゃうし」
「濡れてないほう持ちゃー平気だぜ?」
「でもさ」
「ん〜、ツナはさ。そんなに持ちたいのか?これ」
「へっ!?えっ、あの、そ、それは。その」
「持ちたくねーだろ?」
「いやだから、えっと」
返答に、非常に困る。
山本にこのまま箱を持って貰うのは気が引けるから持ちたいって言うのが筋なんだろうけど、誰だって好き好んで12キロもあるものを持ち運びたいとは思わない。
何も言えなくなる。そんなオレの微妙な様子に気付いた山本がからからと笑った。
「つーか、まぁ俺がツナに持たせたくないだけなんだけどな」
「えっ?えっ、なんで?」
「なんでって。こんな重いもん女子が持ってんの見て、そのまま持たせるほど俺は男を捨てちゃいないぜ」
だから任せろと山本は頼もしく笑って言った。そこまで言われてしまえば、自分が持つからと好意を無下することも中々出来ない。
山本のすごいところは、こういうことを嫌味でも何でもなく素でやってしまうことだと思う。だから頼っちゃいけないと思っていても、いつもいつのまにか自然と助けられている。
「そ、それじゃあお願いしちゃおうかな。ご、ごめんね。ありがと」
結局、山本に箱を家まで持って貰うことになり、オレは両手をあわせて精一杯感謝を述べる。
「気にすんなって」
「そうもいかないよ。………………あ、そうだ。今度なんかおごるよ!」
そういえば、と母さんに水買うのを頼まれた時余分にお小遣いを貰ったことを思い出す。これは山本のために使うべきだろう。
「お昼ご飯とかさ。今月はその水買うために母さんから小遣い余分に貰ったから余裕あるんだ。何でも言ってよ」
「そんなんわりーって」
「そんなことないよ。オレすごい助かったし。何がいいかな」
山本が喜びそうな物を考えてみる。でも本人が目の前にいるんだ。山本に聞くのが一番いいに決まっている。
「何がいい?」
「………何でもいいのか?それ」
「うん」
「んじゃ。俺ツナの手作り弁当が食いてーな」
「……………へっ!?」
確かにお昼ご飯とは言ったけど、………手作りって。手作りって!?
「…………オレ、料理全然上手くないよ?」
「おっ、作ってくれんのか?」
やんわりと断ろうとすると、山本の期待に満ちた目とぶつかった。
本気かッ!本気なのか山本ッ!
段ボールを持って貰ってるしという思いもあるし、それに何よりにこにこと笑っている山本には中々に断りを入れづらい。
「あぁ、うん。まぁ、じゃあ、山本がそれでいいなら」
ホントにいいのかなーと思いつつも、山本は嬉しそうに笑っているから。
「お礼はお弁当っていうことで」
とりあえず、帰ったら母さんに料理の特訓でもしてもらおう。うん。
そう決心しながら、オレは靴が濡れないように水溜りを跳び越した。
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