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秋雨前線が去ったあとの季節は、からっとした晴れが続いていた。夏の空よりは幾分か薄い色彩で描かれた天は、それでも太陽の光をふんだんに地上に注いでいる。日向はまだまだあったかいなー、とツナは微睡んだ。風は少し冷たくなってきてるが、太陽の方がまだちょっと勝っている。ツナは飲みかけの缶ジュースを手のひらで包みながら、顔を空に向けてぬくぬくと暖まっていた。
「あれっ、ツナ?」
聞き覚えのある声が聞こえる。ぼへらーっと空を見上げていたツナは、ゆっくりと声のする方に顔を向けた。
「あ、やっぱツナじゃん」
「山本?」
「よぉ。こんなとこで何してんだー?」
ツナに声を掛けてきたのは、友人の山本武だった。
並中指定の上下ジャージに肩から下げた重たそうなバッグ。その姿は、一目で部活帰りだとわかる。だがヘトヘトだろう当の山本は、疲れてるようにまったく見えなかった。公園の周りに張り巡らされた低い柵をひょいと飛び越え、公園のベンチに座るツナの近くに寄ってきた。
「部活帰り?」
「おー」
「お疲れー、休みの日まで大変だね」
「そーでもねーよ。そーゆーツナは?」
「ん?」
「休みなのにこんなとこ来てどーしたんだ?」
山本の質問に、ツナはあー…と渋い顔を作った。そしてそれから、無言で指をベンチから一番遠いジャングルジムの方向に向ける。
彼女が指差したジャングルジムには、山本が見知った顔がいくつもあった。そのいづれもが、ツナの家に遊びに行った時よく見る顔である。モジャモジャ頭のランボがジャングルジムの天辺に手を離して仁王立ちし、フゥ太とイーピンが下でいつ彼が落ちないかと心配している。
ツナの指し示す方向を辿っていき、山本はははっと笑った。
「んーと、子守か?」
「大当たりー」
はぁーっとツナはため息を吐いた。そして文句を口にしようとしながら、近くに立ってる山本を見上げようとした。だが、彼女の文句はすぐには続かなかった。はたと何かに気付いたように、あっ、と一瞬間を空けて。ベンチの真ん中から横にずれた。
空いた場所には山本が座る。どかりと肩に担いだスポーツバッグを横に下ろして、山本はサンキュと礼を言いながら至って自然にツナの隣に腰掛けた。
「ツナも大変だなー」
「まったくだよ。せっかくの休みなんだから家でゴロゴロしよーと思ってたのに」
「ははっ、災難だな」
「ホントだよ…。なんかもう、オレの休日返せーって感じ」
きいっ、とツナは地団駄を踏む。子供たちとかれこれ、2時間以上は公園にいるのだ。最初は子供たちと遊んではいたものの、途中で疲れて敢えなく退場。以来もう30分以上は1人で暇を持て余していたのだった。地団駄は疲労に変わり、脱力に変わる。がっくり肩を落としてるツナに山本は苦笑を送った。
「あーあ。こんなんじゃなきゃ、今頃ゲームクリアできてたのかもしんないのにさー」
「まーまー、そーゆーなって。ま、たまにはいんじゃねーか?」
「そうかなー」
「おー、子供と遊ぶのも結構楽しいしよ」
「そういえば、山本って子供好きだよね」
「そうか?」
「うん。なんか見てたらそんな感じする」
ツナの言葉に山本は、そうかー?と眉根を寄せた。自分ではあまりそうは思っていなかったらしい。子供の扱い方とかうまいし、傍から見ればすっごい子供好きに見えるのになーとツナは不思議そうに彼を眺めた。山本はうーん、と腕組みする。だがすぐに、そうかもなっと笑ったので、ツナもつられて笑ってしまった。
公園には子供たちがはしゃぐ声が響いている。ツナと山本は、時々子供たちの様子を伺いながら、ぼけらーっと談笑を交わした。
時折、ツナは忘れてたとばかりの頻度で手に持っている缶ジュースを口に含む。それがふと山本の目に留まった。
「何飲んでんだ?」
「あー、これ?山本に会う前にそこの自販機で間違って買っちゃってさ。ゴマミルク」
「へぇー、面白そうだな」
「あ、飲んでみる?」
はいっ、とツナは缶を山本の前に差しだした。それほど飲んでないから、缶の中にはまだまだ残ってる。全然余裕だろう、とツナは見当違いにそう考えた。山本は一瞬瞠目し、ぱちりと瞳を瞬いた。だが純粋な榛色とかち合って、苦笑をこぼして缶を受け取った。
缶の縁に口を突ける。流れ込んできた液体に、しかし山本は少しだけその顔を歪めた。
「すんげー味だな」
「でしょー」
「ん。サンキュ」
苦々しく笑いながら、山本は缶をツナに返した。山本は眉を下げて、困ったような微妙な笑顔をツナに向けている。思った通りだ。ツナは苦笑をこぼす山本の姿に、にししといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「まずい?」
「うーん……まずいっつーかなんつーか」
「オレはさ。ダメ。なんかもー、すっげーまずいと思う。今回は間違って買っちゃったからしょーがないけど、自分だったら絶対買わないや」
「っておまえ、まずいと思ってるのオレに飲ませたのかよ」
「うん」
「こんの」
殴りかかるふりをする山本に、ぎゃーとツナも自分の身を庇うふりをした。もちろん本気じゃない。どっちも冗談だとわかった上で、ベンチでぎゃーぎゃー騒いでた。
その声がジャングルジムの子供たちにも届いたのだろうか。ジャングルジムで遊ぶのも飽きてきた子供たちがわらわらとベンチに集まってきた。
「あ、武兄だー」
「おい、おまえ!ランボさんと遊ぶんだもんね」
「ははっ、元気いいのなー」
新たな標的発見とばかりに、ランボは山本の足を引っ張った。山本は部活帰りなんだからやめとけ、と一応ツナは制止するも山本自身は気にしてないようだ。おっしゃ、と気合いを入れてランボの頭をがしがしっと撫でまわしていた。
こうなればツナに止める謂われはない。イーピンの手に引かれながら立ち上がる山本に、ツナは頑張ってーと呑気な声援を送った。
自分はまだまだ休んでいる、と横に除けてあった缶ジュースを口に含む。
「ツナ」
「ん、何?」
イーピンとフゥ太に手を引かれながら、ブランコの方に向かう山本が振り向いた。ぽりぽりっと頬を掻いて、それから眉を八の字に下げてはにかんだような、でも悪戯っぽく笑った。
「それ」
「ん?」
「間接ちゅー、だよな」
早く、と急かされて手を引かれるまま山本はブランコに向かった。
子供たちをブランコに乗せて、背中を押して。勢い良くブランコを揺らしていく。ランボもイーピンもフゥ太も楽しそうだ。ランボなんか普段より高く高くこげたため、ブランコでぐるっと1周してやると息まいてる。
(どうしよう……)
ツナは、ぎゅっと缶を握った。子供たちが騒ぐ声も山本の声も全部全部遠くの方に聞こえる。
そんなつもりじゃなかったんだ、と頭ん中で言い訳をしてみた。だけどそんなの無駄だった。かぁっと頬が赤くなってくのが自分でもわかる。自分の何気ない行動を思い返してみて、頭の中がぐるぐるしてくる。今更になって異様な恥ずかしさが込み上げて、ツナは耳まで朱に染まった。手に持っている缶でさえ、うまく見ることが出来ない。むしろ見てしまったら、恥ずかしさが倍増だろう。
ツナの思考は停止状態に陥っている。ただ自分でわかることは、
(もう、飲め、ない……)
ぷしゅー、と湯気を吹き出してツナはあわあわと慌てた。缶の中を飲むことも捨てることもできない。まだまだたっぷり入ってるその缶を、ツナはずっしり重く感じた。
目覚めた花が咲くように
(とにかくお題/squeezed orange)
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