沢田綱吉が山本武を見かけたのは偶然だった。

 夕暮れが抜けた後の空はやがて徐々に黒に染まりゆき、辺りに静けさをもたらしている。薄墨を流し込んだような天は暗く、それまで目の前にあったものを包み隠しているかのようである。しかし、それは決して光を拒んでいるというわけではない。雲のない黒く澄んだ大空にはきらきらと、一面に星が広がっていた。強く、優しく。輝きが違えど、それは明るく夜空に瞬いている。煌めく星々は宙をたゆたって、街を淡く照らしだしていた。
 くしゅんと小さな声が聞こえてくる。夕暮れがとうに過ぎ、もう少しで夕餉の時間に差し掛かるという時分。街灯もない薄闇の中を早足で通る、1つの人影があった。冬という季節は日が落ちるのも寒さを覚えるのも早い。昨日のこの時間はまだ比較的あったかかったのに、今日は寒くて凍え死んでしまいそうだ。
「うぅ、寒い」
 ツナは制服のジャケットを押さえながら、1度ふるりと震え上がった。首を極力引っ込めて、なるべく風にあたらないよう注意する。何せ今日は、遅く帰るだなんてまったく予想もしてなかったんだ。寒さ対策なんてこれっぽっちも考えていなかった。
 川の冷気が土手から上がって、道を歩くツナを直撃する。これならマフラーでも巻いてくればよかった、とツナは激しく後悔した。それでも、それは後の祭りというやつだ。内側から込みあがってくる全身の冷たさをぐっと堪えて、ツナは駆け足で家へと急いだ。
 小さな風の抵抗が起きて、ひゅんと顔に冷気が当たっていく。それが寒ことこの上ない。なおかつ、またぞろ土手から冷たい風が吹いてきて。ツナは思わず、きっと川辺を睨み付けてしまった。睨み付けても意味がないことなんて、考えなくてもわかっている。だが、そうせずにはいられないほど寒さが身に染みたのだ。川はツナの視線など何処吹く風で、静かに緩やかに流れている。はぁー、とツナはため息を吐いた。何やってんだろオレ。そう自分に呆れ返りつつ、目線を元に戻そうとする。と、その時。ツナの瞳はちょうど、目の前に広がる土手で転がっている「何か」を見つけだした。
「あれ?」
 立ち止まって、繁々とよーく眺めてみる。一見どこかの迷い犬にも見えるが、しかしなにぶん大きさが違う。濃い緑の海原に沈み込んでいるのは、何をどう見ても人間だった。
 全身を草原に預け、遠くて表情まではわからないが輝く夜空を覗いている。黒い短髪が夜風に靡き、ナイロン地の上下と相まって何だかとても寒そうだ。
 悠々と土手に寝転ぶ人影。だがツナはその様子に、こてりと首を傾げた。どうにも見知った顔に見える。
「や、まもと…?」
 何で山本がこんなところにいるんだ?ってか何してんだろ?ツナの頭には疑問符がたくさん浮かんできた。おそらく、ここで素振りの練習でもしていたのだろう。寝転がっている山本の横にはバットが無造作に置かれていた。
 こんな時間に偶然友達と会えるなんて、滅多にないことである。少なくともツナは今までそんな経験をしたことがない。土手にいる人物が山本であると確認して、何をするわけでもないがツナはちょっぴり嬉しくなってしまった。
「やまもっ」
 呼び掛けながら、土手の方に駆けていこうとする。だが、すぐにツナは何かに気付いたように、慌てて口に手を当てて黙りこくってしまった。山本は、自分が近くにいることに気が付いていない。だったら突然現れて驚かせるのも面白いんじゃないか。そんな悪戯心が、ツナの心の中でむくむくと膨れ上がっていったのである。
 緩やかな坂をつくる土手に、そろりと足を踏み入れる。中途半端な背丈の草が足にあたって、どうしようもなくくすぐったい。それでもこみあげてくる笑いを堪えながら、一歩一歩足音を立てないようにゆっくりとツナは進んでいった。山本まであと約2メートル。そこでツナはラストスパートとばかりに駆けていって、彼の横に座り込んだ。
「わっ!」
 夜空を見上げている山本を、勢いをつけて覗き込む。これなら驚くだろうと考えたツナの思惑は、しかし見事に外れてしまった。不意打ちを狙ったはずなのに、山本はちっとも驚かない。驚かないどころか、表情一つ変えやしなかった。真っ直ぐ空を見つめ続ける山本に、ツナはひどく慌てふためいた。あれっ、えっ、と慌てて山本の顔を見交わし、手をあたふたとはためかせてしまう。
「えっ、あの、あれっ…?」
 困ったように狼狽えていても、やっぱり山本は何の反応も返してくれない。心底焦ったツナは、挙動不振にあちらこちらを見回してしまう。と。
「わっ!」
「わっ、うわ!?」
 急に声を掛けられて、ツナは思いっきり飛び退いた。だが、飛び退いた拍子に地についた手が滑って、見事にバランスを崩してしまった。ふわりと軽い無重力を感じる。落ちる!そう思った瞬間にツナの腕が掴まれて、何とか転がり落ちることは免れた。
「あっぶねー危ねー」
「おっ、お、おっ」
「大丈夫か、ツナ?」
「お、お!おっ」
「ん?」
「おどかさ、ないでよ…っ…」
 びびびっくりしたー、とツナは長く長く息を吐いた。心臓がバクバク鳴っている。山本は一瞬きょとんとした顔をして、息を整えてるツナに悪りーと苦笑を零したが、
「先におまえがおどかしてきたんだろ?」
「うっ、それは…」
 そのことを言われてしまえばぐうの音も出ない。ぐっと言葉に詰まるツナに、山本は込み上がってくる笑いを抑えきれなかった。
「そ、そんなに笑わなくても……」
「悪りー悪りー」
 謝りつつも、山本が笑いを止める気配は見えない。居たたまれなさと恥ずかしさで、ツナは顔が赤くなっていくのを感じた。身が縮こまるような思いだ。だが、その後もあまりに山本が楽しそうに笑うものだから、その内段々とツナも俯いていた顔を上げ、ついにはぷっと笑いだしてしまった。
「ひっどいよ山本!そこまで笑わなくたっていーじゃん」
「だってツナすんげーびびってんだもん」
「そりゃーびっくりするよ、あんなことされれば」
「俺だって最初結構びびったんだぜー?」
「嘘ー!」
 山本の言い分にツナは耳を疑った。だが、ツナが幾ら信じなかろうが山本は意見を変えることはなかった。結局、不毛な押し問答はツナがもーいーよと苦笑しながら諦めるまで長々としばらく続いていた。
 夜風が枯れかけの草を優しくなぜる。山本はまたごろりと土手に横になり、煌めく夜空を覗いていた。冷たい夜気が2人の間を通り抜ける。けれども、さっき1人で受けた時よりもずいぶん寒くないようにツナは感じた。それが錯覚なのか、それとも笑いすぎて頬が火照っているという物理的な理由からなのかわからない。それでも、こっちの方が1人で寂しく凍えながら歩いてるよりも、ずっとずっと何倍もいいとそう思った。
「山本ー」
「んー?」
「そーいえばさ。ここで何やってたの?」
「あー、それは      



Starry Heavens




TOSOVA(こう書くと呪文のようだ!)1巻のロイコレの草原のシーンがあまりにも可愛くて。