分かってはいるが



「あ〜あ、またこんなとこで寝ちゃってるよ」
 学校から帰ってきてから直ぐの一言。あからさまなため息をつきながら、レオンは居間のソファーの上に横たわっている少女に呆れた目線をやった。
 オレンジ色のその髪をソファー一面に散らして、気持ち良さそうにプリシスはすぴすぴと寝息を立てている。その横にはいつもプリシスの周りをちょこちょこと動き回っている無人くんがいて、それは機械であるのにまるでレオンに彼女を起こすなと目線で訴えかけてるようにも見えた。
 そういえば昨日遅くまで何か作ってたみたいだしな、とレオンは昨晩のことに思いを馳せる。
 真夜中の2時3時。不意に目が覚めてしまってそのまま寝付けもせず、仕方がないから水でも飲んでこようかとダイニングに行こうとしたとき。ドアを閉め切った彼女の部屋から僅かばかり金属の擦れる音が聞こえてきた。
 がちゃがちゃと工具が金属に当たる音と、ぶつぶつと何事かを呟いている彼女の声。こんな時間になにやってんだかとは思ったが、近々研究発表をする機会があるとかないとか夕食の時に彼女が豪語していたのをレオンは思い出す。彼女はそれに向けての追い込みをしているのだろう。
 それでももう眠ればいいのにと思ってレオンは彼女の部屋のドアノブに手をかけようとする。したが、やめた。自分だって研究者の端くれで、研究発表が近ければ彼女のようにこの時間まで起きていることは当たり前のことだ。もう寝ればと言われてもお世話だと感じてしまう。
 ふーと息を吐いて自分の今の馬鹿な行動をしようとした思考を振り払ってから、レオンは水を飲みにいき、そしてそのまま自分の部屋に戻った。
 結局、彼女は何時まで研究を行なっていたんだろうか。むしろこの熟睡具合から判断して朝までは確実だと考えてもいいだろう。
 睡眠不足は脳の効率を悪くするから極力避け、十分に睡眠をとるほうがいいが、それならベッドで寝たほうが何倍もいいだろう。
 レオンは鞄をテーブルに置いたあとプリシスに近づき、彼の行動をとめようとする無人くんを無視して彼女を揺さぶった。
「おい、起きろよプリシス。こんなところで寝てたら風邪ひくぞ?」
 そっと肩を揺らしてみるが起きる気配がない。相当に熟睡しているようだ。レオンはもう一度盛大にため息をついてから、今度は強めに肩を揺さぶってみた。
「おい、プリシス。プリシスってばっ!」
「……ん〜、クロー…ド…?」
 舌っ足らずな声色で、プリシスは呟く。だがそのまま器用にソファーの上で寝返りをうって、まだ夢の世界に居続ける事を望んだ。
 プリシスの肩に手を当てたままのレオンは、僅かばかり目を見開いて、固まっていた。彼女が今呼んだ名前は、彼にとって兄のような存在であり仲間であり友人でもある、彼女の想い人のものだった。
 じりじりと、胸が痛む。原因は分かっている。これは嫉妬だ。
 プリシスのクロードに対する愛情表現は、見た者を少し引かせるほどに真っ直ぐにストレートだった。それは2年前に出会ったときから、彼がレナと付き合うようになってからも変わらない。彼女の優先順位の1位は、不動にクロードなのだ。
 レオンはぎりりと奥歯を噛み締める。彼女がクロードが好きだというのは分かっている。分かってはいるが、それでも彼女の口から彼の名前を聞くたびに、いい様のない不穏な感情が胸の中に溢れだしてしまうのを止められはしないのだ。
 彼女の肩に置いたままだった手を放して、彼女が占領しているソファーの際に腰かける。そして彼女の目蓋に掛かっていた髪を払ってやりながら、そのままさらりと髪をなでた。
 彼女は覚えているのだろうか。2年前、自分が彼女に告白をしたことを。
 そして彼女は気付いているのだろうか。2年前、自分の告白に彼女が返した、その「約束の日」が刻々と近づいていっているということを。
 レナも含めてだが地球に来てから一緒に住むようになったのも、このように無防備なままで眠っているのも、すべては自分を男として見られていないからだと思うと、レオンはずきりと心が痛んだ。
「ねぇプリシス。時間の流れっていうのは意外に速いものなんだよ?」
 出会ってから2年間で、レオンは精神的にも身体的にも成長を遂げた。あれだけ小さかった背もぐんぐんと伸び、今ではプリシスを越すほどまでになった。すべてとはいえないが、彼女に認めてもらえる男になろうと、レオンはこの2年間努力してきた。
 レオンはプリシスの髪を優しく撫ぜる。
「“約束の日”が来たら、本当にプリシスは僕に返事をしてくれるのかな」
 呟かれた言葉にプリシスは何も答えず、ただ静かに寝息を立てるのみだった。レオンは彼女の髪を撫ぜた手のひらを見つめて、ぎゅっとそれを握り締めた。プリシスは何も気付かない。こてんとレオンの方に身を寄せて、すーすーと幸せそうに、ただ眠っているままだった。




(何だかお題/squeezed orange